シカの増加は森林の炭素貯留機能を半減させた

農学研究院
片山 歩美 准教授

天然林における高いシカ採食圧の影響を初めて定量化

ポイント

・近年、日本全国でシカの個体数が増加し、森林では高強度な植生採食によって下層植生(※1)の衰退、不嗜好性植物の増加、裸地化など様々な森林構造の変化が生じています。
・九州大学宮崎演習林(椎葉村)の山岳林において、高強度のシカ採食によって森林構造が変化した林分で炭素の蓄積量を計測したところ、シカ採食の影響を受けない林分に比べ炭素蓄積量(※2)が最大で約半減することが明らかになりました。
・本研究成果は日本の森林で深刻化するシカの植生採食が、森林の二酸化炭素の貯留機能を劣化させることを初めて示しました。本研究は、将来の気候変動を緩和させるためにもシカの食害対策が重要であることを示しています。

概要

森林生態系は二酸化炭素の吸収し、蓄えることで気候変動緩和に貢献することが期待されています。しかし、日本の多くの天然林では現在、個体数の増加したニホンジカの植生採食が深刻化しており、下層植生の減少や不嗜好性植物への置き換わりが生じています。また、樹木の枯死によって生じたギャップ地(※3)では稚樹の更新が阻害され、裸地化しています。しかし、これらのような森林構造の変化が森林の炭素蓄積量にどのような影響を与えるのか明らかになっていませんでした。九州大学大学院生物資源環境科学府 博士後期課程の阿部隼人氏、九州大学大学院農学研究院の片山歩美准教授、久米朋宣教授らの研究グループは、シカの植生採食が長期的に続く九州大学宮崎演習林の山岳林でフィールド調査を行い、シカによる森林構造の変化が森林の炭素蓄積量をどの程度減少させるのか計測しました。その結果、宮崎演習林の天然林を構成するブナやモミの針広混交林が、シカに不嗜好なアセビの灌木林や、ギャップ地に変化することで、生態系内に蓄えられた炭素が最大49%減少することが明らかになりました。またこの炭素蓄積量の減少は、稚樹の更新阻害によって中~大型の上層木が減少したこと、また下層植生劣化に伴い生じた土壌侵食によって林床に堆積する植物遺体や土壌有機物が流亡したことが原因であると考えられました。本研究結果は天然林の保全や生態系サービスを維持するために、シカの過剰な植生採食をコントロールする必要性を提示しています。
本研究成果は、2024年5月10日に国際学術誌「Forest Ecology and Management」のオンライン速報版で公開されました。

研究者からひとこと

シカの植生採食は近年、日本全国の森林で増加しています。シカの強度な植生採食が森林生態系の公益的機能に悪影響を及ぼす場合、適切なシカ管理が必要になります。しかし、“強度なシカ採食は森林生態系の機能にどう影響するか”や、“どのような場所で深刻化しやすいのか”といった基本的情報は依然として少ない状況です。本研究により、シカの採食は山岳林で蓄積可能な炭素量を大きく減少させてしまうことが分かりました。この知見が人とシカとのより良い共存に役立つことを願うと共に、私たち研究チームはシカ採食が森林生態系に与えるインパクトやシカ対策による保全効果の評価について引き続き研究を進めていきます。

用語解説

(※1)下層植生
高さの低い樹木の稚樹や、草本、灌木など森林の下層部を覆う植物の総称。

(※2)炭素蓄積量
生態系における面積あたりの炭素量(g C m-2)。森林生態系において、炭素蓄積量は主に地上部に存在する上層木、下層植生、林床に堆積するリター(植物遺体)、枯死木と、地下部に存在する粗根、細根、土壌有機物によって構成される。

(※3)ギャップ地
上層木が枯死することで、森林を覆う林冠部に隙間ができ、林床まで光が差し込む空間。

研究に関するお問合せ先

生物資源環境科学府 阿部 隼人 博士後期課程

農学研究院片山 歩美准教授

詳細

本研究の詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。

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