薬学研究院
山田健一 主幹教授
加齢黄斑変性や血管性認知症などに対する薬剤探索の加速に期待
ポイント
・脂質の酸化は炎症や細胞死を引き起こし、様々な疾患に関わることが知られているが、これを強く抑制できる薬剤は不足しており、効率的な探索法が必要とされていました。
・本研究では、独自の検出試薬を用いた脂質過酸化反応(※1)抑制薬の効率的な探索法を開発し、これを利用して脂質酸化を抑制する既承認薬を複数同定しました。
・同定した薬剤は加齢黄斑変性や血管性認知症(※2)の動物モデルに対しても有効性を示しており、今後、脂質酸化が関与する疾患に対する薬剤開発が促進されることが期待されます。
概要
脂質は細胞膜を始めとした生体膜を構成する主要な成分ですが、活性酸素種(※3)等によって容易に酸化され酸化脂質を生成します。この酸化脂質は、炎症や細胞死などを引き起こし、様々な疾患の発症・進展に関与することが知られています。そのため脂質の酸化を抑えることは、疾患治療の有効な戦略と考えられていますが、脂質過酸化反応抑制薬を効率よく探索する手法は存在しませんでした。
九州大学大学院薬学研究院の山田健一主幹教授、森亮太大学院生(当時)、阿部真紗美大学院生(当時)、斎元祐真大学院生、森本和志助教らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構の中西郁夫チームリーダー、大阪大学先導的学際研究機構の大久保敬教授、板橋勇輝特任助教(常勤)、島根大学医学部眼科学講座の谷戸正樹教授、海津幸子助教らと共同で、脂質由来ラジカルとのみ反応する試薬を開発し、これを利用した新たなハイスループットスクリーニング系を構築しました。また、構築した探索法を元に、アメリカ食品医薬品局(FDA)により承認済みの766化合物を対象に脂質過酸化反応抑制薬を探索し、高血圧治療薬のメチルドパを含む29種類の化合物が高い抑制作用を持つことを見出しました。これら化合物は、臨床上それぞれ異なる疾患に対して用いられていますが、そのうち23種の化合物は過去に酸化ストレスが関与する疾患モデルでの有効性が報告されていました。また今回、メチルドパが加齢黄斑変性(※4)や血管性認知症の動物モデルに対しても有効であることを明らかにしました。今回の成果から、広範な疾患に対する脂質過酸化反応抑制薬の有用性が示され、さらにその効率的な探索が可能になったことから、様々な疾患に対する治療薬開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2024年5月8日(水)に蘭国の国際科学誌「Redox Biology」オンライン版に掲載されました。
用語解説
(※1) 脂質過酸化反応
脂質ラジカルを介した一連の酸化的分解反応。不飽和結合を複数持つ多価不飽和脂肪酸は、二重結合に挟まれたメチレン基の水素が脱離しやすく、活性酸素種によって酸化されて脂質ラジカルとなる。脂質ラジカルは酸素と反応して過酸化脂質ラジカルとなったり、周囲の脂質を酸化して再び脂質ラジカルを生じさせ、連鎖反応を伝播させる。
(※2) 血管性認知症
脳梗塞や脳出血など脳血管の異常に付随して起きる認知症の総称。アルツハイマー病に次いで多い疾患である。現在、確立された治療方法は存在しない。
(※3) 活性酸素種
他の物質を酸化する力が非常に強い酸素。主にミトコンドリアの電子伝達系から発生するスーパーオキシドアニオンラジカルや、そこから代謝されて生じるヒドロキシルラジカルや過酸化水素、光励起によって生じる一重項酸素などが存在する。
(※4) 加齢黄斑変性
加齢に伴い網膜にある黄斑部が変性を起こす疾患。世界における失明原因の第3位で、2040年には約3億人が罹患すると推計されている。現状の治療薬はいずれも硝子体内への注射が必要なものばかりであり、侵襲性の低い治療方法の開発が望まれている。
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