加齢に伴う筋⾁の萎縮と柔軟性低下の根本的な仕組みを発⾒

 ~治療法の開発による健康寿命の延伸に期待 ~

ポイント

・筋の加齢変化に関連する遺伝⼦発現変化が多数報告されているが、これらを動かしている根本的な仕組みの解明が望まれていた。
・筋幹細胞の活性化因⼦HGF がニトロ化されると⽣理活性を失うことを⾒出し、この現象が加齢に伴い進⾏・蓄積することを明らかにした。
・ヒトやペットの加齢性筋萎縮症の早期診断など医療分野への応⽤、健康寿命の延伸への貢献が期待される。

概要

 歳をとると、⾻格筋はなぜ萎縮するのでしょうか? 結合組織はなぜ増えるのでしょうか (筋の柔軟性の低下)? ⼀⾒簡単そうな問でも答えるのは容易ではありません。筋の加齢変化に関連する遺伝⼦発現変化が多数報告されていますが、これらを動かしている根本的な仕組みの解明が望まれていました。
 九州⼤学⼤学院農学研究院の⾠⺒隆⼀教授、鈴⽊貴弘准教授、中村真⼦教授、中島 崇助教、エジプトKafrelsheikh ⼤学のAlaa Elgaabari 講師らの国際共同研究グループは、筋幹細胞 (衛星細胞と呼ばれる“眠れる筋組織幹細胞”)(※1) の活性化因⼦HGF (肝細胞増殖因⼦)(※2)がニトロ化(※3)されると⽣理活性を失うことを⾒出し(※4)、この現象が加齢に伴い進⾏・蓄積することを明らかにしました。
 HGF による筋幹細胞の活性化は、筋肥⼤・再⽣の最初の必須イベントとして筋の恒常性に寄与しているので、これが加齢に伴い機能しなくなることが筋萎縮の根幹をなす要因です。また、HGF はコラーゲンを合成する線維芽細胞の増殖を抑制するので、結合組織の増加も説明できます。このように、筋幹細胞活性化因⼦HGF のニトロ化・不活化によって筋の加齢変化を明確に説明できるようになりました。
 これらの研究成果は、ニトロ化HGF を特異的に認識するモノクローナル抗体の作出に成功したことに⼤きく依存しています。この抗体はヒト・ネコ・イヌなどのHGF にも広く適⽤可能なので、ヒトやペットの加齢性筋萎縮症の早期診断など医療分野への応⽤が期待されます。
 また、酸化ストレスの軽減や適度な運動というこれまでの⼀般的な健康科学的施策に加えて、HGFのニトロ化抑制やニトロ化HGF からニトロ基を外す (HGF の機能回復) ⽅法の開発により、健康寿命の延伸に⼤きく寄与すると期待されます。
 本研究成果はAging Cell 誌 (John Wiley & Sons Inc.) の電⼦版に⽇本時間2023 年11 ⽉20 ⽇(⽉)に先⾏掲載されました。

用語解説

(※1) 筋幹細胞(別名:衛星細胞)
骨格筋組織に存在する幹細胞。通常は休止した状態にあるが(細胞周期でいう休止期)、運動や筋損傷などの物理刺激を受けるとHGF (肝細胞増殖因子)依存的に活性化し増殖を開始する。その後、増殖した細胞は互いに融合し新しい筋線維(骨格筋を構成する主要な細胞。細長く大きな多核細胞なので“筋線維”と呼ばれる)を形成する他、既存の筋細胞に融合する。これにより筋線維の肥大・再生が起きる。
(※2) 活性化因子HGF (肝細胞増殖因子):
1980年代前半に、九州大学理学部の中村敏一教授(当時)らの研究グループにより、肝臓から同定された細胞増殖因子。英語表記 (hepatocyte growth factor) の頭文字をとってHGFと命名された。現在では、肝臓を含めた種々の組織や細胞で多彩な機能を発揮しており、多機能性細胞制御因子として認知されている。骨格筋においては、筋幹細胞の活性を誘導することが認知されている唯一の因子である。活性化した筋幹細胞の増殖を促進する一方で、線維芽細胞の増殖や脂肪細胞の肥大化を抑制する働きを知られている。全身性のノックアウトは致死性であることから、HGFの重要性は容易に理解される。
(※3)ニトロ化
特定の芳⾹族アミノ酸 (主にチロシン残基) の側鎖に-NO2 基を導⼊する翻訳後化学修飾反応。酸化反応に分類される。⽣体内において、⼀酸化窒素ラジカル(*NO)と活性酸素(*02-)との反応により速やかに⽣成するペルオキシナイトライト(ONOO-、別名 ペルオキシ亜硝酸イオン;単寿命の⾼反応性⽣体内分⼦)によって⾮酵素的にニトロ化が起こる。-NO 基が導⼊されるニトロソ化(ニトロシル化)とは異なる。また、「タンパク質の有機化学反応として古くは硫酸酸性条件下での硝酸あるいはテトラニトロメタンによるニトロ化」と「本研究でのペルオキシナイトライトによるニトロ化(⽣体内反応)」とは区別される。
(※4)HGFの生理活性の消失
前述の通り、HGFは細胞増殖因子であるので、細胞膜受容体c-metに結合して細胞内シグナリング活性を発現する。HGFのニトロ化はチロシン残基(Y)198と250の2箇所で起き、これにより受容体c-metへの結合性が消失することを本論文で明らかにした。Y198とY250はc-met結合部位を構成していることから、ニトロ化により立体構造が居所的に変化しc-metに結合できなくなったと推測される。
(下図参照;当該論文のSupplementary Fig.より抜粋;Uchikawa et al. 2021, Nature Communicationsより引用し、加筆・改変して作成)

詳細

詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。

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