がんの個別化医療に不可欠な治療介入点の決定に大きく前進
ポイント
・世界最高となる組織内のタンパク質206種の同時検出を達成
・1個人の検体から、がんの進展に伴う転移性がんへの変化を捉えることに成功
・変化を司る分子を決定し治療介入点を個人レベルで行うことが期待できる
概要
がんや各種疾患における治療戦略は、治療効果を最大化するため個別化医療が進められています。しかしながら従来の個別化医療は大規模な統計解析に基づく診断マーカーの取得と治療実績が必要であり、新規症例、未知の感染、希少疾患や実績のない疾患には対応することができませんでした。本課題の達成には、組織内で異常が生じた細胞およびその環境、また原因となる分子の検出を必要としますが、これまでの解析手法では組織内で生じるシグナル伝達の活性化と細胞状態の関係性を精緻に解析する解像度を得ることができませんでした。
九州大学生体防御医学研究所の大川恭行 教授、富松航佑 助教、大学院生藤井健らは、同大学システム情報科学府、東京大学、東京工業大学、がん研究会のグループらとともに、免疫染色したシグナルを消光可能な抗体Precise Emission Canceling Antibody (PECAb)を新たに開発し、対象組織の染色と消光を連続的に繰り返すことで、細胞の位置情報を保持したままシグナル伝達分子を含む最大206種類のタンパク質発現情報を取得する空間オミクスの系を確立しました。本技術から取得されるデータを用いて細胞状態の変化を擬似的に再構築することで、多様なシグナル伝達の活性化ダイナミクスを推定することが世界で初めて可能になりました。さらに、本技術をがん組織の解析に用いることで、がん細胞が転移性の表現型に向かう中間状態とその原因となるシグナル伝達を個人の患者検体から検出することができました。この結果は、将来個別化医療おける治療標的の探索に応用されることが期待されます。
本研究成果は、2024年5月8日午後6時(日本時間)に欧州科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。また本研究は科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業、学術変革領域A「個体の細胞運命決定を担うクロマチンのエピコード解読」等の助成を受けたものです。
研究者からひとこと
10年以上慣れ親しんだ免疫染色の実験手法が、空間オミクスとして成立し感慨深いです。ちなみに、染色後に消光できる抗体PECAbの由来はいないいないばあ(Peek a Boo)です。
用語解説
(※1)免疫染色
抗原特異的な抗体を用いて組織に発現する特定のタンパク質を染色する手法。
(※2)空間オミクス
組織を構成する細胞の空間情報を維持したままタンパク質や遺伝子発現を網羅的に計測する手法。
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詳細
本研究の詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。