環境変化に対抗し息子の適応度を上げようとする昆虫の親と共生菌

~昆虫と共生菌の柔軟な子への投資術を発見~

農学研究院
津田 みどり 教授

ポイント

・悪環境に対抗し、昆虫は自らの包括適応度を上げるため、卵(子)を大きく産みますが、内部共生菌の影響や、性別の卵サイズ変化は知られていませんでした。
・本研究は、高温・高CO₂環境下では、内部共生菌ボルバキアの共感染によって昆虫が雄卵(息子)を大きく産むことを初めて発見しました。
・今後、性染色体による性決定をするヒトを含む他の生物でも、内部共生菌による宿主の可塑的な卵サイズ調節が見つかるかもしれません。悪環境では、なぜ娘でなく息子に多く投資するのかという疑問にも答えが必要です。

概要

急速に悪化する環境下で、昆虫は自らの包括適応度を上げるため、卵(子)を大きく産みます。しかし、内部共生菌に感染する昆虫(宿主)では、卵サイズを可塑的に変更する際に共感染(※1)の果たす役割が知られていませんでした。

本研究は、悪環境にさらされた親は、共感染によって卵サイズの増大が可能になることを解明しました。また、卵サイズは雄卵(息子)だけで増大しました(図1、右)。大卵は小卵より生存しやすく、発育も早くなりました。早く成熟した息子は交尾相手を得やすく有利になる一方で、早く成熟した娘は多くの雄から交尾を迫られ、産卵数の減少や寿命の短縮につながり不利になる可能性があります。そこで、悪環境を察した親は、息子に優先的に多く投資し、包括適応度を上げたと推測されます。

本研究は、九州大学大学院農学研究院の津田みどり教授、生物資源環境科学府博士課程3年の高思奕らの研究グループおよび、ボルドー国立農業技術大学院のEllies-Oury教授、Gonzalez助教、修士課程のLeroyらの研究グループとの共同研究で行われました。内部共生菌の一種であるボルバキア(Wolbachia)に共感染、単感染、または非感染のアズキゾウムシ集団(コウチュウ目:ハムシ科:マメゾウムシ亜科、図1、左)を作り、温度と二酸化炭素(CO₂)濃度の高い環境で産卵・飼育実験を行うことで本研究成果の発見に至りました。

今回の発見により、ボルバキア感染が悪環境下で宿主昆虫に利益をもたらすこと、親の子への投資が子の性別に依存することを示しました。性依存的投資は、半倍数性生物では少数報告があるものの、性染色体による性決定を行う生物(ヒトを含む)では初めての発見です。今後、他の宿主生物と内部共生菌で同様の可塑性の解明や、卵サイズ調節におけるボルバキアの役割について作用機作の解明が期待されます。

本研究成果は、国際誌Scientific Reportsに2025年4月16日(水)に掲載されました。

研究者からひとこと

環境悪化に伴い親が大卵を産むことはわかっていましたが、内部共生菌の感染や卵の性別との関連について調べた研究はありませんでした。今回、成虫になるまで卵を個別に追跡調査したことで、悪環境では親が雄の卵だけを大きく産み、適応度を上げたことを明らかにしました。この内部共生細菌に母親が感染していないと細胞質不和合(※2)を起こし子が死にます。内部共生菌は通常、母親から子へ垂直伝搬するため、感染した雌卵を大きくし生かした方が細菌にとっては有利です。反対に、雄卵が大きくなった本研究では、細菌側の利益より宿主側の利益が上回ったようにも見えます。共生菌と宿主の間の攻防と協力という観点からも、大変興味深い現象です

用語解説

(※1) 共感染
複数系統(または種)の内部共生菌に感染していること。

(※2) 細胞質不和合
母親が非感染で父親が感染していると、子が発育の初期段階で死に至る現象。両親が感染しているか、母親だけが感染していれば子は無事発育できる。

詳細

本研究の詳細はこちらをご参照ください。

お問合せ先

農学研究院 津田みどり 教授

《9/20-9/21》第3回アントレプレナーシップ教育に関する国際シンポジウム in アジア

松井利郎教授が紫綬褒章を受章

関連記事

  1. 【8/9開催】第23回九州大学理学部生物学科公開…

    石原 健教授(分子遺伝学研究室)佐々木 江理子准教授(数理生物学研究室)によ…

  2. 沖縄島北部の世界自然遺産地域から新種の植物を発見…

    「ヤンバルカラマツ」と命名農学研究院髙橋 大樹 助教ポイント…

  3. 地域住民の参加が熱帯林の減少・劣化を抑制する

     ~ ただし、新設された地域では効果は低い ~ ポイント・熱…

  4. 【11/22開催】九州大学筑紫地区地域連携推進チ…

    ~「黄砂〜春の厄介な風物詩〜」~九州大学筑紫キャンパス・筑紫地区…

  5. 福岡演習林創立百周年記念行事を開催

    〜福岡演習林創立百周年記念行事を開催しました ~ 九州大学農学部…

  6. 【10/13開催】令和6年度 比較社会文化研究院…

    ~食を考えることは、自然とのあるべき関係を取り戻し、文化的な多様性に寛容な社…

  7. アフリカの栽培イネが芒(のぎ)を失った理由

    ~アジアとアフリカで異なる遺伝子の選抜が起きたことを解明~ポイント…

  8. 世界初!ダイズ油脂に含まれるフラン酸合成に関与す…

    ~ 光による不快臭の発⽣と油脂の酸化が少ないダイズ品種の開発に期待 ~…