加齢に伴う筋萎縮と柔軟性低下を抑制する抗体を開発

治療法の開発による健康寿命の延伸に期待

農学研究院
辰巳 隆一 教授

ポイント

・超高齢化社会において健康寿命の延伸は喫緊の課題
・筋幹細胞(※1)活性化因子HGF(※2)のニトロ化(※3)・不活化を抑制するモノクローナル抗体の作出に成功
・ヒトや伴侶動物の加齢性筋萎縮・再生不全に対する抗体医薬への応用など、健康寿命の延伸に貢献すると期待

概要

  歳をとると、骨格筋はなぜ萎縮するのでしょうか?筋の柔軟性もなぜ低下するのでしょうか?効果的な予防法や治療法は何でしょうか?簡単そうに聞こえても答えるのは容易ではありません。酸化ストレスの軽減や適度な運動というこれまでの一般的な健康科学的施策に加えて、筋肉の加齢変化を引き起こす根本的な仕組みに基づいた画期的な方法の開発が望まれていました。
 九州大学大学院農学研究院の辰巳隆一教授、鈴木貴弘准教授、中島崇助教、中村真子教授らの共同研究グループは、筋幹細胞 (衛星細胞と呼ばれる”眠れる筋組織幹細胞”)の活性化因子HGF (肝細胞増殖因子)がニトロ化されると生理活性を失うこと(※4)を見出し、この現象が加齢に伴い進行・蓄積することによって筋萎縮が進行するという新しい学説を本年1月に発表しました(2023年11月にプレスリリース;Aging Cell 23(2), e14041, 2024, https://doi.org/10.1111/acel.14041に掲載)。この研究成果に基づいて、HGFのニトロ化・不活化を抑制するモノクローナル抗体の作出を目指し、これに成功しました(抗体識別記号 1H41C10;略記号 1C10)。
 この1C10抗体は、ニトロ化されるチロシン残基の極近傍に結合することで、HGFのニトロ化を抑制する特殊な抗体です。抗体が結合した状態でも細胞膜受容体との結合性は保持されているので、筋幹細胞の活性化とこれに続く増殖・分化などの生理活性も損なうことはありません。また、抗体のFab領域(抗体分子の「Y」の上半分の「V」の部分)がニトロ化抑制効果を発揮することも明らかにしました。
 これらの研究成果はヒト・ネコ・イヌなどのHGFにも広く適用可能です。ヒトや伴侶動物の加齢性筋萎縮症に対する抗体医薬への応用が期待され、健康寿命の延伸に大きく貢献すると期待されます。
 本研究成果は英国の雑誌「Aging Cell」に2024年9月19日(木)(日本時間)に掲載されました。

用語解説

(※1) 筋幹細胞(別名:衛星細胞):
骨格筋組織に存在する幹細胞。通常は休止した状態にあるが(細胞周期でいう休止期)、運動や筋損傷などの物理刺激を受けるとHGF (肝細胞増殖因子)依存的に活性化し増殖を開始する。その後、増殖した細胞は互いに融合し新しい筋線維(骨格筋を構成する主要な細胞。細長く大きな多核細胞なので“筋線維”と呼ばれる)を形成するほか、既存の筋細胞に融合する。これにより筋線維の肥大・再生が起きる。

(※2) 活性化因子HGF (肝細胞増殖因子):
1980年代前半に、肝臓から同定された細胞増殖因子。英語表記 (hepatocyte growth factor) の頭文字をとってHGFと命名された。種々の組織や細胞で多彩な機能を発揮しており、多機能性細胞制御因子として認知されている。骨格筋においては、筋幹細胞の活性化を誘導することが認知されている唯一の因子である。活性化した筋幹細胞の増殖を促進する一方で、線維芽細胞の増殖や脂肪細胞の肥大化を抑制する働きを知られている。全身性のノックアウトは致死性であることから、HGFの重要性は容易に理解される。

(※3)ニトロ化:
特定の芳香族アミノ酸 (主にチロシン残基) の側鎖にニトロ基 (-NO2) を導入する翻訳後化学修飾反応。酸化反応に分類される。生体内において、一酸化窒素ラジカル(*NO)と活性酸素(*02-)との反応により速やかに生成するペルオキシナイトライト(ONOO-、別名 ペルオキシ亜硝酸イオン;単寿命の高反応性生体内分子)によって非酵素的にニトロ化が起こる。-NO基が導入されるニトロソ化(ニトロシル化)とは異なる。また、「タンパク質の有機化学反応として古くは硫酸酸性条件下での硝酸あるいはテトラニトロメタンによるニトロ化」と「本研究でのペルオキシナイトライトによるニトロ化(生体内反応)」とは区別される。

(※4)HGFの生理活性の消失:
前述の通り、HGFは細胞増殖因子であるので、細胞膜受容体c-metに結合して細胞内シグナリング活性を発現する。HGFのニトロ化はチロシン残基(Y)198と250の2箇所で起き、これにより受容体c-metへの結合性が消失することを明らかにした (Elgaabari et al. 2024)。Y198とY250はc-met結合部位を構成していることから、ニトロ化により立体構造が居所的に変化しc-metに結合できなくなったと推測される。

お問い合わせ先

農学研究院 辰巳隆一 教授

詳細

本研究の詳細はこちらをご参照ください。

上皮細胞シートに生じた欠損を速やかに修復する仕組みの解明

有機フォトン・アップコンバージョン粒子による神経細胞の光操作に成功

関連記事

  1. 甘い味がする新規の香気成分の発見と甘さを感じる仕…

    ― より自然な甘味の実現に向けて ―歯学研究院實松 敬介 講師…

  2. カニのナノ繊維の構造制御により、ヒト免疫細胞の直…

    〜安心・安全な天然多糖のナノファイバー化技術による医薬素材の新展開〜農学…

  3. 薬剤性アナフィラキシー制圧の鍵となる新しいシグナ…

    ~ MRGPRX2 受容体が関わる様々なアレルギー疾患の制御に期待 ~…

  4. クリプトコッカス症の原因真菌が病原性を失うメカニ…

    ―新たな治療薬開発への道が拓かれるー農学研究院伊東 信 学術特任教員…

  5. 附属図書館第59回貴重文物展示「17世紀の日欧交…

    附属図書館第59回貴重文物展示「17世紀の日欧交流における医学と医療」…

  6. 市民公開講座「みんなで考えよう 未来ある子どもた…

    ~九州・沖縄地域小児がん医療提供体制協議会「市民公開講座」を開催します~…

  7. 「世界環境の日」ホスト国のSDGs「新国富(IW…

    「新国富指標」1972年6月5日からストックホルムで開催された「国連…

  8. 九州大学×TSMC 包括連携の覚書を締結

    半導体分野の研究および人材育成における協力関係をより強固に!このたび…