〜がん転移の理解を深め、転移を抑える新たな治療戦略に期待〜
理学研究院
齋藤 大介 教授
ポイント
・がん細胞と鳥類の始原生殖細胞(以降、PGC)(※1)が、膜ブレブ(以降、ブレブ)(※2)と呼ばれる細胞突起を用いて血管外へ移動することを発見。
・同じ細胞運動が見られる一方で、ブレブ形成を制御するカルシウムシグナルの仕組みは細胞種によって異なることを解明。
・がん転移の理解を深めるとともに、転移を抑える新たな治療戦略につながる可能性。
概要
がんによる死亡の大きな原因の一つは、がん細胞が血管を通って体の別の臓器へ広がる「血行性転移(以降、転移)(※3)」です。がん細胞が血管の外へ抜け出す「血管外遊出(※4)」は転移成立において重要な段階ですが、その細胞レベルの仕組みは十分に解明されていませんでした。
一方、発生過程では血管内を移動する鳥類のPGCも、最終的に血管の外に遊出して生殖腺へ到達します。PGCとがん細胞はいずれも血管外へ遊出する能力を持ちますが、この過程の細胞運動の仕組みがどこまで共通しているのかは明らかではありませんでした。
九州大学大学院理学研究院の齋藤大介教授、森田瑞基(システム生命科学府博士課程5年)、寺本孝行准教授の研究グループは、九州大学大学院医学研究院の池ノ内順一教授、フランスINSERMのBertrand Pain教授との共同研究で、鳥類のPGCと複数のヒトがん細胞の血管外遊出の過程を比較解析しました。
その結果、これらの細胞は共通して「ブレブ」と呼ばれる風船状の細胞突起を形成しながら血管壁を通過することを明らかにしました。さらに、このブレブ形成を制御するカルシウムシグナルの仕組みは細胞の種類によって異なり、PGCおよびHT-1080細胞では細胞外からカルシウムを取り込むストア作動性カルシウム流入(SOCE)(※5)が関与する一方、PC-3細胞やMDA-MB-231細胞では細胞内小胞体からのIP3受容体(※6)依存的カルシウム放出が主要な役割を担うことがわかりました。
本研究は、血管外遊出において共通の細胞運動原理と、その制御機構の多様性を示したものであり、がん転移の理解を深める新たな視点を提供する成果です。また、PGCの移動機構との比較から、がん細胞が獲得する転移能力の進化的起源を考える上でも重要な知見となります。
本研究成果は、英国の学術誌「Nature communications」に2026年3月26日(木)付で掲載されました。
用語解説
(※1) 始原生殖細胞(PGC)・・・発生初期の生殖細胞の呼称。始原生殖細胞は胚の外で生まれ、発生の間に体内に作られる生殖腺まで移動する。鳥類の場合、その移動路として胚の血管も利用している。
(※2) 膜ブレブ・・・細胞膜の内側にある細胞骨格が一時的に弱くなった部分に細胞内圧がかかることで、細胞膜が風船のように膨らんでできる突起構造。細胞がすばやく形を変えながら移動する際に利用される。
(※3) 血行性転移・・・がん細胞などが血管へ侵入し、血流循環に乗って遠隔まで移動し、血管の外に遊出するプロセスを含む細胞移動
(※4) 血管外遊出・・・血管内を流れてきた細胞が血管壁を通りぬけ、血管の外の組織へ移動する現象。がん転移や免疫細胞の移動、発生過程におけるPGCの移動などで重要な過程。
(※5) ストア作動性カルシウム流入(SOCE(Store-Operated Ca²⁺ Entry))・・・細胞内のカルシウム貯蔵庫(主に小胞体)のカルシウム濃度が低下したときに、細胞外からカルシウムを取り込む仕組み。細胞内カルシウム濃度を維持し、細胞運動やシグナル伝達を調節する。
(※6)IP3受容体・・・小胞体上に存在するカルシウム放出チャネルで、細胞内シグナル分子であるIP3(イノシトール三リン酸)が結合すると開口し、小胞体に蓄えられたカルシウムイオンを細胞質へ放出する。細胞内カルシウムシグナルの制御に重要な役割を果たす。
詳細
本件の詳細についてはこちら






