細胞分化で遺伝子が正確に働くための新たな仕組みを初解明

—がん研究や幹細胞研究、再生医療など広い分野での貢献に期待—

ポイント

・細胞が分化する際、必要な遺伝子が正確に活性化されるための仕組み(エピゲノム制御(※1))は複雑で、その解明が望まれています。
・ゲノムが巻き付くヒストンタンパク質(※2)の化学修飾の新たな機序を明らかにし、そうしたヒストン修飾による遺伝子制御のメカニズムの一端を解明しました。
・エピゲノム制御機構の基礎的な知見を新たにするものであり、発生や幹細胞研究、再生医療など広い分野への貢献が期待されます。

概要

我々哺乳類などの生物は、受精卵からES細胞などの幹細胞に始まり、多種多様な細胞種で構成されていますが、そうした全く異なる細胞種を形作るためには、緻密な遺伝子制御が必要です。そうした遺伝子の活性のオン・オフを制御する仕組み(エピゲノム制御)に、エンハンサー(※3)という遺伝子とは別のゲノム領域による遺伝子制御機構があります。そうしたエンハンサー領域には、ヒストンのH3K4me1という修飾が観察されることがよく知られていますが、その機能的役割やその修飾が付加される機序の多くが未解明なままでした。
 九州大学生体防御医学研究所の久保直樹特任講師と同大学生体防御医学研究所・高等研究院の佐々木裕之特任教授・特別主幹教授、および米国University of California, San DiegoのBing Ren教授らの研究グループは、代表的なエピゲノム修飾の一つである、ヒストンH3K4me1修飾が付加される新たな機序と、その遺伝子発現制御における機能的役割を明らかにしました。精緻な遺伝子制御には、ゲノム上のエンハンサー領域の関与が重要とされていますが、同領域に観察されるヒストンH3K4me1修飾の遺伝子制御における機能やその詳細な修飾機序は長らく不明でした。同研究グループは、H3K4me1修飾を付加することで知られるKMT2C/Dの機能欠損ES細胞を用いて、ゲノムの各エンハンサー領域と遺伝子が織りなすゲノム3次元構造の詳細を解析し、遠位のエンハンサーが遺伝子の活性に及ぼす影響の変化を観察しました。まず機能欠損細胞では、予想に反して、H3K4me1修飾の集積レベルがあまり変わらないKMT2C/D非依存的なエンハンサー領域が数多く存在し、一方で、ES細胞から神経前駆細胞に分化させた場合、分化過程で新たに形成されるエンハンサー領域のH3K4me1修飾は強く阻害されていました。そしてそうしたH3K4me1修飾の消失に伴い、エンハンサーと遺伝子のゲノム3次元的近接も無くなっていることが新たに確認されました。さらに上述の、予想に反して多く存在していたKMT2C/D 非依存的なH3K4me1修飾は、果たして何によって修飾されているのかという新たな疑問に対し、同研究グループは、通常他の種類の修飾(H3K4me3)を行うことで知られていたKMT2Bタンパク質に着目し、KMT2BがKMT2C/D 非依存的なH3K4me1修飾に寄与し、かつエンハンサーとして遺伝子の活性化を手助けしていることを世界で初めて明らかにしました。
 今回の発見は、細胞分化過程で遺伝子がどのように制御されるのかという、エピゲノム制御機構の基礎的な知見を新たにするものであり、将来的に発生や幹細胞研究、再生医療など広い分野での貢献が期待されます。本研究成果は米国の雑誌「Molecular Cell」に2024年3月21日 (木)午前1時 (日本時間)に掲載されました。

用語解説

(※1)  エピゲノム制御
ゲノムに対して後天的に付加される情報。その実体はDNAおよびそれに結合するヒストンタンパク質への化学修飾で、遺伝子の働きを調節する。
(※2) ヒストンタンパク質(ヒストン修飾)
ヒトやマウスの染色体を構成する主要なタンパク質。これが8分子集まったヒストン八量体に巻き付いたDNAは、細胞核内にコンパクトに収納される。このタンパク質の一部にメチル基などの化学修飾(ヒストン修飾)が施されると、その領域のゲノム領域の働きが活性化されたり、抑制されたりする。
(※3) エンハンサー
ゲノム領域で、特定の遺伝子の活性を座標上で離れていても高める役割を持ち、細胞種特異的な遺伝子発現制御に寄与する。活性型エンハンサー領域には一般的にH3K4me1やH3K27acなどのヒストン修飾が観察される。

お問い合わせ先

生体防御医学研究所 久保 直樹 特任講師
生体防御医学研究所・高等研究院 佐々木 裕之 特任教授・特別主幹教授

詳細

本研究の詳細はプレスリリースをご参照ください。

【3/22開催】九大フィル クラシックセッション

おいしい・種子が少ない・露地栽培も可能!新しいブンタン3品種の育成に成功

関連記事

  1. 27種類の悪性腫瘍を同時に診断・鑑別可能なDNA…

    27種類の悪性腫瘍を同時に診断・鑑別可能なDNAメチル化パネルの作成に成功…

  2. 将来の認知症発症リスクを予測するツールを開発

    〜 久山町研究 〜 九州大学大学院医学研究院の二宮利治教授、本田貴紀…

  3. “⾒た⽬はそっくり、中⾝は違う”(C-グリコシド…

    ~分岐合成法の確⽴と⽣物活性が⼤きく異なる多様なアナログ群の創出~…

  4. 網膜色素変性の進行にかかわる免疫細胞として、末梢…

    ~炎症性単球をターゲットとした新しい治療薬の開発へ~ポイント・網…

  5. 新ニーズに対応する九州がんプロ養成プラン「市民公…

    ~ 新ニーズに対応する九州がんプロ養成プラン ~ がん医療について…

  6. 新たなC-スルホン化反応とプロスタサイクリン拮抗…

    ~免疫と酸化ストレス制御に関わる新たな代謝機構発見と新たな医薬品開発に期待~…

  7. 自閉症発症の分子メカニズムを解明

    ―CHD8遺伝子変異による自閉症発症のリスク予測と実証―ポイント…

  8. アトピー性皮膚炎の発症や重症化に関わる機能的な遺…

    〜 痒み誘発物質IL-31をターゲットにした治療応用に期待 〜ポイン…