シカによるササ消失が土壌動物に与える影響は気候に左右される

—土壌侵食が起きやすい多雨・少雪地域で深刻な影響が出ることを解明—

農学研究院
片山 歩美 准教授

ポイント

・シカの個体数増加により下層植生※1 のササ類が消失し、土壌に棲む生き物を減少させることが分かっていましたが、その影響の地域差については明らかになっていませんでした。
・本研究グループは土壌に大きな影響を与える土壌侵食が発生しやすい気候条件下で、ササ消失が土壌動物に与える影響がより深刻であることを明らかにしました。
・本研究成果は、日本国内の下層植生消失後の土壌環境や生き物への影響が気候依存的であることを初めて示し、今後の下層植生の保全方針の知見となることが期待されます。

概要

近年、日本各地の天然林では個体数の増加したニホンジカ(以下シカ)の採食に伴い、ササ類などの下層植生が減少しています。ササの消失は土壌侵食を引き起こし、森林の養分循環などの重要な生態系機能を支えている土壌に棲む生き物(土壌動物)を劣化させます。土壌侵食の発生程度は気候条件の影響も受けます。しかし、降水量や積雪量など気候条件の違いがササ消失後の土壌侵食や土壌環境・土壌動物にどのように影響するのかは分かっていませんでした。九州大学大学院生物資源環境科学府 博士後期課程の川上えりか氏、九州大学大学院農学研究院の片山歩美准教授、福岡大学理学部の菱拓雄教授の研究グループは、九州山岳地域と山陰山岳地域という異なる気候条件下にある6箇所のブナ林を対象に、シカの採食によりササが消失した土壌・残存している土壌を用いて、土壌侵食と土壌環境、土壌動物(トビムシやダニなどの微小節足動物※2)の関係を調査しました。その結果、土壌侵食はササの消失と気候条件の違いの影響を受けて発生しており、九州地方でより顕著に発生していました。また、土壌侵食の発生は土壌の硬さの指標である土壌容積重※3を増加させ、土壌動物が生息可能な空隙を減らすことを通じて、その個体数や分類群の数※4(多様性の指標)を減少させていることが示されました。土壌動物の個体数や多様性の劣化は、森林の養分循環などの機能にも影響を及ぼすと考えられます。以上の成果は、土壌の生物多様性を維持するために、土壌侵食が発生しやすい気候条件下の森林で下層植生の保全が非常に重要となることを意味します。本研究成果は、2026年1月7日(水)付で国際学術誌「European Journal of Soil Biology」のオンライン速報版で公開されました。

研究者からひとこと

シカによる下層植生の消失が森林生態系に与える影響について、樹木そのものや鳥類・昆虫など、地上部の生き物については地域ベースで知見が蓄積されてきました。しかし、目に見えない土壌中の生き物にどのような影響が出ているのか、またその影響の地域差については未検証でした。本研究によって、土壌侵食の発生しやすい気候条件下で特に土壌の生物多様性の劣化が懸念されることが示されました。一方で、今後の気候変動の影響によって降水量の増加や積雪量の減少が起き、現時点では比較的影響が小さいと考えられる地域でも、不可逆的な変化が起きる可能性も考えられます。土壌動物は森林の養分循環においてなくてはならない存在です。引き続き、私たち研究チームはシカ採食と土壌生態系の関係について、保全指針の知見となるべく研究を続けて参ります。(博士課程2年 川上えりか)

用語解説

(※1)下層植生
高さの低い樹木の稚樹や、草本、灌木など森林の下層部を覆う植物の総称。

(※2)節足動物
昆虫やクモガタ綱、多足類など、硬い膜で出来た外骨格と関節をもつ動物のグループ。本研究で対象にしたのは、体長2mm以下のトビムシやダニ、カニムシなど、ツルグレン装置という抽出装置で抽出された土壌微小節足動物である。

(※3)土壌容積重
単位容積当たりの土壌の固相重量。乾燥土壌1m3あたりの乾燥重量 (g)で表す。

(※4)分類群の数
目レベル(一部は綱・亜目レベル)ごとに土壌動物を1つの分類群グループとし、100ccの土壌中に含まれていた分類群グループの数を示す。

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