動きまわる⼈⼯細胞、その鍵は摩擦にあり

〜細胞が狭い空間を利⽤して運動する仕組みを解明〜

ポイント

・狭い⽣体組織内のガン細胞は,細胞内の収縮⼒を細胞外の組織に伝達することで移動していることが知られていたが,その⼒伝達の仕組みは細胞の複雑さのために未解明
・⽣体組織内の細胞の動きを単純化した「⼈⼯細胞」注1)を世界で初めて開発し,収縮⼒を⽣み出す細胞⾻格と細胞膜の相互作⽤が⼒伝達を可能にすることを解明
・⽣体組織内の細胞運動の理解に応⽤し,ガン細胞の運動制御法の開発などへの応⽤が期待

概要

 私たちの体の⽣体組織は細胞と細胞外基質から構成され,細胞間の隙間はコラーゲン線維などの細胞外基質で埋め尽くされた狭い空間です.この⽣体組織内を移動するガン細胞から⽩⾎球の運動に⾄るまで,単⼀細胞の⾃律運動では細胞内から細胞外への⼒伝達が不可⽋です.そこでは,細胞内に網⽬状に張り巡らされたアクチン細胞⾻格注2)の収縮⼒が外部の基板に伝達され,細胞を前進させます.しかし,効率的な⼒伝達を可能にする仕組みは細胞の複雑さのため研究が困難でした.
 九州⼤学理学研究院 前多裕介准教授,坂本遼太同博⼠課程学⽣(現:イェール⼤学 ポストドクトラルフェロー),Ziane Izri 同学術研究員(現:ミネソタ⼤学 ポストドクトラルフェロー)らの研究グループは,京都⼤学⽩眉センター 宮﨑牧⼈特定准教授,情報・システム研究機構国⽴遺伝学研究所 島本勇太准教授らと共に,⽣体内を移動するガン細胞を模した,⾃律的に運動する「⼈⼯細胞」を開発し,⼒伝達の仕組みを初めて明らかにしました.本研究チームは,脂質膜に囲まれた液滴のカプセルにアクチンを閉じ込めて単純化した⼈⼯細胞を作成しました.この⼈⼯細胞を2枚のガラス板に挟むと,アクチンの流れが⼈⼯細胞の表⾯とガラス基板の間に摩擦⼒を⽣み,⾃律的に運動できることを世界で初めて発⾒しました.さらに,狭い空間に拘束された運動を記述する新しい理論モデルを構築し,界⾯摩擦⼒と流体抵抗のバランスで運動速度が決まることを解明しました.本研究により,効率的な⼒の伝達に不可⽋な物理的要因を明らかにしたことは,⽣体組織内を運動する細胞運動の⼒伝達メカニズムの理解に貢献する成果です.今後,ガン細胞の転移を抑えこむ⽅法論の開発の⼀助となり,狭い空間を移動するマイクロ・ロボットの設計などへの波及効果が期待されます.
 本研究成果は,2022 年7 ⽉20 ⽇ (⽶国東部時間)に⽶国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」で公開されました.

用語解説

(※1) ⼈⼯細胞
⽣きた細胞から「部品」となる構成要素を取り出し,それらを細胞サイズの油中液滴などに封⼊することで単純化したもの.⼈⼯細胞を⽤いることで,細胞内のタンパク質の種類と濃度,細胞サイズ,膜の組成を定量的に制御することができる利点がある.
(※2) アクチン細胞⾻格
細胞の変形や運動など,細胞内の⼒⽣成の多くをアクトミオシン細胞⾻格が担う.アクチン細胞⾻格は主として,重合と脱重合によって⻑さが変わる⼆重螺旋状のアクチン線維と,そこに結合しATP(アデノシン三リン酸)を消費して収縮⼒を発⽣するミオシン分⼦モーターから成る.その他にも種々の架橋タンパク質や重合/脱重合タンパク質が関わることで,⽣体内の多様な⼒学を担っている.

詳細

詳細はプレスリリースをご参照ください。

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