分化初期の酸化ストレスが細胞運命を変えるメカニズムを解明

-酸化ストレスに関連する病気の新たな治療法に期待-

ポイント

・細胞は正常に分化することで生体の恒常性を維持しています。これまでに内在性の酸化ストレスが細胞運命を変えて、様々な病気を引き起こすことが示唆されていました。しかしそのためには、細胞内環境を再現するヒトモデル細胞の構築が必須となります。
・酸化ストレスを分化の任意の時期に制御できるヒトiPS細胞の樹立に成功しました。分化初期の酸化ストレスは転写因子FOXC1を介して内胚葉分化を抑制し細胞運命を変化させます。
・酸化ストレス関連の病気、発がんやアルツハイマー病などのメカニズム解明と治療法開発が期待されます。

概要

 細胞は正常な分化過程を経ることで、組織を形作り生体の恒常性を維持しています。この分化が損なわれることは、発がんをはじめとする病気と密接に関連しています。一方で、酸化ストレスはがんや神経変性疾患など、様々な病気と関係しています。細胞の分化運命における酸化ストレスの役割を明らかにすることは病気のメカニズムを明らかにするために重要です。しかし酸化ストレスは、主に細胞の生命活動に伴って増加するものであることから、内在性の酸化ストレスをコントロールして細胞内環境を再現するモデル細胞の構築が必須となります。
 九州大学大学院医学研究院基礎放射線医学分野の岡 素雅子客員研究員(筆頭・責任著者)、大野 みずき助教らの研究グループは様々な組織への分化が可能なヒトiPS細胞(※1)を用いて、分化のどの段階でも任意の量の酸化ストレスを制御できる新しいシステムを開発しました。内胚葉系(※2)への初期分化段階で細胞内の酸化ストレスを増加させると、転写因子(※3) FOXC1の一過性の発現増加を介して内胚葉分化が抑制されることを見出しました。我々は、この細胞がマウスにおいて腫瘍形成能を持つことを報告しています。FOXC1は通常、早期中胚葉の分化段階で発現している因子です。一方で、肝細胞がんや膵がん、大腸がんなどのがんで発現が増加しており、がん細胞の増殖や転移に重要な役割をもつことが知られています。異なる胚葉マーカー発現が予定された胚葉への分化を抑制することが知られていることから、酸化ストレスが中胚葉マーカーFOXC1発現を介して内胚葉への分化運命を変えることでがん化を引き起こすことが示唆されます。
 今回の研究成果は、酸化ストレスにより引き起こされる病気のメカニズムの解明と、新たな治療法の開発に期待されます。
 本研究成果は英国の雑誌「Cell Death Discovery」に2022年4月1日(金)に掲載されました。

用語解説

(※1) ヒト iPS細胞 (induced pluripotent stem cells)
ヒト体細胞に遺伝子導入等により初期化することで作られる、様々な組織に分化する能力と増殖する能力をもつ多能性幹細胞。
(※2) 内胚葉
多細胞動物の発生初期に形成される細胞層(胚葉)の最も内側の部分。消化管や呼吸器などに分化する。
(※3) 転写因子
DNAに特異的に結合し近傍の遺伝子発現を制御するタンパク質。

詳細

九州大学プレスリリースをご参照ください。

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