細胞膜リン脂質の分布を制御する新しいメカニズムを発見

-膜の変形を感知する脂質輸送分子の変異による神経疾患の治療へ道-

生体防御医学研究所
和泉 自泰 准教授

ポイント

・細胞膜の変形を感知し、細胞膜脂質の非対称分布を制御する脂質輸送分子TMEM63Bを発見
・TMEM63Bの構造解析により、膜の変形感知メカニズムと膜脂質輸送メカニズムを解明
・TMEM63Bの病原性変異が神経疾患を引き起こす仕組みを解明

概要

 東京科学大学(Science Tokyo)*難治疾患研究所の宮田佑吾助教と瀬川勝盛教授らの研究チームは、横浜市立大学の高橋捷也大学院生、李勇燦助教、西澤知宏教授、京都大学の野村紀通准教授、岩田想教授ら、九州大学の和泉自泰准教授、高橋政友助教、秦康祐特任助教、馬場健史教授、大阪大学の長田重一特任教授のチームとの共同研究で細胞膜(用語1)リン脂質の非対称分布を制御する新しいメカニズムを発見しました。
 哺乳動物細胞の細胞膜はリン脂質二重層で構成され、その脂質は二層間で非対称に分布しています。この研究は、細胞に最も多く存在するリン脂質であるホスファチジルコリン(用語2)やスフィンゴミエリン(用語3)の非対称分布に関する謎を解明する重要な一歩となります。研究グループはゲノムワイドスクリーニングの手法を用いて、TMEM63Bというタンパク質が細胞膜の構造変化に応答し、膜脂質を双方向に移動させる新しいタイプのスクランブラーゼ(用語4)として機能することを発見しました。また、横浜市立大学の西澤教授らによりTMEM63Bの“閉じた構造”と“開いた構造”を決定することに成功し、膜構造の感知機構と脂質輸送機構を解明しました。さらに、TMEM63Bを欠損した細胞では細胞膜のホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンの量が顕著に変化することも確認しました。これまでに神経変性を伴うてんかん性脳症の患者にTMEM63Bの点変異が同定されていますが、今回の研究により病原性点変異をもつTMEM63Bが膜の構造変化とは無関係に常に活性化しており、細胞膜リン脂質の非対称分布を崩壊させていることが明らかになりました。
 本研究は、細胞膜リン脂質の非対称分布の分子機構だけでなく、細胞がどのように膜の変形に応答するのかという根幹的な問題にも重要な知見を与えます。今後、このタンパク質を詳細に解析することで、細胞膜脂質の非対称分布の分子機構、膜の変形に対する応答機構、さらには関連する神経疾患の病態解明や治療法の開発に寄与することが期待されます。

 本成果は、10月18日付(英国夏時間)の「Nature Structural & Molecular Biology」誌に掲載されました。

用語説明

(用語1)細胞膜:細胞を外部環境から守る薄い膜。主にリン脂質二重層で構成される。細胞に必要な物質を出入りさせ、細胞内や外部への情報伝達にも重要。

(用語2)ホスファチジルコリン(PC):細胞を構成する主要なリン脂質。リン脂質の中で最も量が豊富であり、生体膜の形成に必須の分子。

(用語3)スフィンゴミエリン(SM):スフィンゴ脂質の一種で、細胞膜の外層に豊富に存在する。細胞膜の物性やバリア機能に重要な役割を担う。

(用語4)スクランブラーゼ:細胞膜のリン脂質を双方向にランダムに輸送する膜タンパク質。

本件の詳細はこちらをご参照ください。

お問い合わせ先

生体防御医学研究所 和泉 自泰 准教授

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