サケをめぐる持続可能な開発、先住民の経済・環境主権への希求
留学生センター
生田博子 准教授
ポイント
・米国アラスカ州では、天然資源開発を通した社会経済発展と、自然環境と生態系の保護をいかに両立させるかが重要な課題であるだけでなく、アラスカ先住民の世界観や主張を資源開発事業や自然保護政策にいかに統合すべきかが長年議論されています。
・本研究では南西アラスカ・クスコクウィム川流域で進行するDonlin Gold Project(※1)を取り上げ、この金鉱開発事業のダイナミクスを分析しました。その結果、同流域に暮らす先住民が歴史的、政治的に獲得してきたアイデンティティの多面性ゆえの「立ち位置の二重性(※2)」を指摘できることが明らかになりました。
・この研究は、天然資源開発と地域住民の関係性の分析や、先住民の主権と責任をめぐる議論に貢献するものです。また、先住民の世界観に寄り添う、先住民にとってのウェルビーイングを尊重した法制度やガバナンス体制を再考する必要性を問うています。
概要
九州大学留学生センターの生田博子准教授と大分大学経済学部の久保田亮准教授は、アラスカ州南西部の大規模金鉱開発事業を取り上げ、「開発の推進」vs「自然の保全」、「先住民」vs「非先住民」、「地域住民」vs「政府・企業」といった二項対立に単純化できない、開発と先住民をめぐる複雑な関係性を明らかにしました。
米国アラスカ州は、天然資源の宝庫として知られています。近年の日米関税交渉や日米首脳会談でもアラスカ産の石油や液化天然ガスについての言及がありました。一方アラスカ州は、野生状態の自然環境が積極的に保護・活用されている地域でもあります。特に、住民の大部分がアラスカ先住民で構成されるアラスカ辺境域では、生業狩猟・漁労で得られた野生動物・魚類はきわめて重要な食料源となっています。
本研究では、南西アラスカ・クスコクウィム川流域で進行するDonlin Gold Projectを取り上げ、当該流域のコミュニティ形成過程、流域住民が実践する生業狩猟・漁労パターン、そして金鉱開発に関係する諸先住民組織の動向を検討し、この金鉱開発事業のダイナミクスを分析しました。その結果、生業狩猟・漁労パターンなどが金鉱開発に対する姿勢に違いを生み出すものの、他方で流域住民のアイデンティティの多面性ゆえの「立ち位置の二重性―賛成であり、反対であるー」を指摘できることがわかりました。この点は、住民の優柔不断さや場当たり性を示すものでは決してなく、開発、文化的生存、環境保全とのバランスを図ろうとする人びとの意思を反映するものとして捉えることができます。
この研究は、天然資源開発と地域住民の関係性の分析や、先住民の主権と責任をめぐる議論に貢献するものです。また先住民の世界観に寄り添う、先住民にとってのウェルビーイングを尊重した法制度やガバナンス体制を再考する必要性を問うています。
本研究は「Journal of Anthropological Research」に2026年5月25日(月)(現地時間)に掲載されました。
用語解説
(※1) Donlin Gold Project
アラスカ州南西部で進行中の、北米最大級の金鉱開発事業の名称。
(※2) 立ち位置の二重性
金鉱開発に対して、地元先住民が賛成と反対の双方の姿勢を示す状況を指します。1人の人でも、自身の中に複数の立場を持つことがあります。たとえば、生業漁労者として家族を支える立場、政府と協働して資源管理ルールを策定する立場、部族の一員として主権を守る立場、先住民会社の株主として利益を受け取る立場、労働者として金鉱開発に従事する立場などです。立場によって賛否が変わることがあるため、金鉱開発を単一の立場からの結論だけで評価することは現実的ではありません。
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