ヒト血漿に含まれる多数の低分子量代謝物を1秒以内で一斉分析

ビッグデータ生成と疾患層別化を可能にする分析手法を開発

生体防御医学研究所
馬場 健史 教授

ポイント

・MALDI-MSに適用するための、ヒト血漿の簡便な前処理法と、検出可能な低分子量代謝物を増やす分析法を開発し、1検体1秒以内で既存手法と同等の精度で分析を実現
・得られた代謝物データから、複数のガン種における患者の層別化が可能であることを確認
・大規模(数千から数十万検体)の試料を対象としたメタボロミクスのビッグデータ生成を可能にし、新たなバイオマーカー探索へ貢献

概要

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)モレキュラーバイオシステム研究部門 三浦 大典 主任研究員らと、国立大学法人九州大学 馬場 健史 教授ら、国立大学法人東京科学大学 難治疾患研究所 計算システム生物学分野 島村 徹平 教授、ブルカージャパン株式会社 韮澤 崇 博士らの研究グループは、イオンモビリティ(IM)分離技術を組み合わせたマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)をヒト血漿(けっしょう)に含まれる低分子量代謝物に適用することで、高速かつ再現性の高い分析手法を確立しました。この手法により複数のガン種における患者の層別化が可能であることを確認しました。

血液中に存在するアミノ酸や糖などの低分子量代謝物は、生活習慣や疾患などの影響を受けて変動するため、さまざまな遺伝的背景、病態を持つ多数の生体試料の低分子量代謝物をそれぞれ分析し、その情報を解析することで、健康状態や病態の特徴を明らかにできると期待されています。しかし、従来の低分子量代謝物の分析法は、測定の効率や再現性に課題があり、大規模(数千から数十万検体)の試料を同じ基準で分析することは困難でした。

今回、アセトニトリルで希釈するだけという極めて簡便な前処理と、IM分離技術を組み合わせたMALDI-MSを用いた低分子量代謝物の分析手法を確立しました。1検体あたり1秒以下と高速ながら、質量電荷比(m/z)およびイオン移動度の二軸で再現性の高い分析結果が得られます。また、この手法によって得られる血液中の複数の代謝物情報から、健常人と胃ガンや大腸ガンなど複数のガン種の患者を区別して層別化できることを確認しました。

低分子量代謝物を体系的に解析するメタボロミクスでは、バイオバンクに蓄積された多様なヒト試料からビッグデータを構築し、疾患の指標となる代謝物(バイオマーカー)の探索や精密医療に向けた基盤を整備することが期待されています。今回開発した手法は、こうした取り組みを加速するための重要な成果です。

なお、この研究成果の詳細は、2026年3月9日に「Microchemical Journal」に掲載されました。

用語解説

血漿
血球成分(赤血球、白血球、血小板など)以外の成分を指す。含まれる物質は多種類の代謝物のほか、タンパク質、ブドウ糖、脂質、金属イオン、電解質、ホルモン、ビタミン、老廃物などさまざま。

層別化
患者やサンプルを、特徴や傾向(本研究では、各検体から検出された低分子量代謝物の検出強度の値)に応じてグループに分けること。たとえば「疾患の種類」「治療への反応」「生活習慣」などで分類することで、より細やかな分析や精密医療が可能になる。

質量電荷比(m/z)
質量分析においてイオンの特性を表す最も重要な指標。イオンの質量を統一原子質量単位で割った値(m)を電荷数(z)で割った無次元量。

イオン移動度
分子を気体中で動かし、その“形”や“大きさ”の違いによって分ける技術。質量が似た分子同士でも区別できるため、より正確な分析ができる。

バイオバンク
血液・組織・DNAなど、人々から集めた生体試料を長期間保存し、研究に活用できるように整理した「データと試料の銀行」のような仕組み。大規模な医療研究に欠かせない。

バイオマーカー
疾患の有無や進行度を示す手がかりとなる体内の物質のこと。血液検査で得られる数値や代謝物の変化などがその例。診断や治療効果の評価に利用される。

詳細

本件の詳細についてはこちら

お問い合わせ先

生体防御医学研究所 馬場健史 主幹教授

生きたまま組織を透明化できる試薬の開発

多発性硬化症の診断精度を向上させる新たなMRI画像指標

関連記事

  1. 新型コロナウイルス感染によるクラスター発生確率の…

    ~ 数理モデルに基づく効果的な感染症対策の確立へ重要な一歩 ~ …

  2. マイクロ波を用いて脂肪酸エステルを効率的に低級オ…

    農学研究院椿 俊太郎 准教授マイクロ波による脱炭素化触媒プロセスの構…

  3. 第93回アジア・オセアニア研究教育機構(Q-AO…

    工学研究院 航空宇宙工学部門 航行ダイナミクス 東野 伸一郎 教授…

  4. 東アジアの潰瘍性大腸炎・クローン病に特徴的な遺伝…

    ~日・中・韓の1万人以上の解析から320か所の疾患感受性遺伝子が明らかに~…

  5. 【6/19開催】第145回アジア・オセアニア研究…

    藤川 茂紀教授(カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所)九州大学…

  6. 藤木幸夫 特別主幹教授が瑞宝中綬章を受章

    ~高等研究院の藤木幸夫 特別主幹教授が令和6年秋の瑞宝中綬章を受章しました。…

  7. 人社系協働研究・教育コモンズ オムニバスセッショ…

    人社系協働研究・教育コモンズ オムニバスセッション『知の形成史』第1回…

  8. 第23回GIC(グローバルイノベーションセンター…

    第23回GIC(グローバルイノベーションセンター)セミナー九州大学 …