生きたまま組織を透明化できる試薬の開発

~正常機能を保持したまま透明化して神経細胞の活動を蛍光観察することに成功~

医学研究院
今井 猛 主幹教授

ポイント

・血液中に多く含まれるタンパク質、アルブミン(※1)を用いることで、哺乳類の生きた組織の透明化を実現しました。
・細胞外液のイオン組成をほとんど変えることなく、神経細胞の正常な機能を維持したまま、脳組織を透明化することができました。
・生きた動物の脳組織において、従来よりも深部まで蛍光顕微鏡観察が可能になりました。

概要

哺乳類の生体組織の多くは不透明であり、光を使って組織の深部を観察することは困難です。死後にホルマリンなどで固定した組織標本については、近年、透明化試薬を使って透明化し、深部まで観察することが容易になりました。しかし、従来の透明化試薬は毒性や浸透圧(※2)が高く、細胞機能を維持することは困難でした。そのため、生きた哺乳類組織の透明化は実現していませんでした。

本研究では、細胞の正常な機能を維持したまま、生きた組織の深部観察を可能にする透明化試薬「SeeDB-Live」を開発しました(図1)。九州大学大学院医学研究院の今井猛主幹教授、稲垣成矩助教、鹿児島大学、山梨大学らの研究グループは、生きた組織が不透明に見える主な原因が、細胞の内外で光が屈折(※3)・散乱(※4)し、まっすぐ進まないためであることを見出しました。そこで、細胞外液にタンパク質の一種であるアルブミンを加え、光の屈折・散乱を抑えることで、生きた組織を非侵襲的に透明化できることを示しました。アルブミンは、細胞外液のイオン組成をほとんど変えず、細胞毒性もありません。そのため、生体組織を透明化した状態で、組織中の細胞の正常な機能を蛍光顕微鏡観察することが初めて可能となりました。

アルブミンを用いた透明化試薬SeeDB-Liveにより、取り出した脳組織や生きたマウスの脳を非侵襲的に透明化し、組織深部における微細構造や神経活動の観察が可能になりました。本成果は、これまで困難だった組織深部における生体機能の計測を可能にし、神経科学や発生生物学など広く生命科学分野の発展に寄与することが期待されます。

本研究成果は、2026年3月12日(木)午後7時(日本時間)に米国の科学雑誌『Nature Methods』に掲載されました。

研究者からひとこと

今回、生きた細胞の光学的特性を緻密に調べたことと、分子量が大きな分子に着目したことが鍵となり、世界で初めて生きた組織の非侵襲的な透明化を実現しました。ありふれたタンパク質を培地に加えるだけで、組織の正常な機能を維持したまま透明化できることは驚きでした。アルブミンは元々血液中に高濃度に含まれているだけあり、タンパク質の中でもとりわけ溶解度が高く、透明化には最適でした。(稲垣・今井)

用語解説

(※1) アルブミン
アルブミンは肝臓で合成されるタンパク質であり、血漿(血液のうち、血球成分を除いた液体成分のこと)中に最も多く含まれる成分である。ヒト血漿中では一般的に4.4~5%の濃度で含まれており、水溶性が高い。ウシ血清由来アルブミン(BSA)が比較的安価で入手できることから、本研究ではBSAを用いている。SeeDB-LiveにはBSAが約15%(質量濃度)含まれている。

(※2) 浸透圧
半透膜を隔てて水を移動させようとする力で、単位体積の溶液中に含まれる溶質分子やイオンの数に比例する。細胞を取り囲む細胞膜は半透膜(水は通しやすいが溶質やイオンは通しにくい)としての性質があり、水は浸透圧の大きな方に移動する。細胞外液の浸透圧が細胞内よりも低すぎると細胞内に水が流入して破裂し、一方、高すぎると、細胞内から細胞外へと水が流出する。

(※3) 屈折
物質の境界面で光の進む向きが変わる現象。光が屈折率の異なる物質の境界を斜めに通過するときに屈折が起こる。図2Eでは、水(屈折率1.33)とガラス(屈折率1.52)の境界で光が屈折していることが分かる。異なる物質であっても、屈折率が同じであれば光はまっすぐに進む。

(※4) 散乱
光が微小な粒子に当たることで、様々な方向に広がる現象。粒子(散乱体)とその周囲の屈折率差が大きいほど散乱は強くなり、光はまっすぐ進みにくくなる。例えば、雲が白く見えるのは、微小な水滴(屈折率1.33)と空気(屈折率1.0)の間で屈折率が異なるためである。

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お問い合わせ先

医学研究院 今井 猛 主幹教授

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