ストレスで高血圧関連の副腎異常細胞ができる仕組みを解明

最先端の空間解析技術により形成過程を可視化、二次性高血圧の病態理解に貢献

医学研究院
小川 佳宏 主幹教授

ポイント

・高血圧に関わる副腎の異常細胞(APCC)の形成メカニズムは未解明である。
・ストレス応答性転写因子NR4A2がAPCC形成を促進する仕組みを世界で初めて解明した。
・ストレス応答がAPCC形成の引き金となることが判明し、二次性高血圧の病態理解が深まった。

概要

原発性アルドステロン症(※1)は、副腎からアルドステロンというホルモンが過剰に分泌されて高血圧を引き起こす疾患で、二次性高血圧(※2)の主要な原因です。この病気の主な原因の一つは、アルドステロン産生腺腫(APA)という腫瘍ですが、近年、腫瘍とは異なるアルドステロン産生細胞クラスター(APCC)(※3)と呼ばれる小さな異常細胞集団が、原発性アルドステロン症の副腎で観察されるほか、加齢に伴って増加することが報告されています。APCCはAPAと同じ遺伝子変異を持つ場合もあり、腫瘍の前段階病変である可能性が指摘されていますが、APCCがどのように形成されるのか、そのメカニズムは解明されていませんでした。今回、慢性的なストレス応答によりAPCCが形成される新たなメカニズムを解明しました。

九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、馬越洋宜助教、岩橋徳英特任助教らの研究グループは、最先端の空間トランスクリプトミクス(※4)とシングルセルRNAシーケンス解析(※5)を組み合わせ、副腎組織を詳細に解析しました。その結果、ストレス応答性転写因子であるNR4A2(※6)が、ストレス時に分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)(※7)や酸化ストレス(※8)、サイトカイン(※9)などのストレス刺激により活性化され、正常な副腎細胞からAPCCへの変化を促進することを明らかにしました。

今回の発見は、原発性アルドステロン症における異常細胞形成の新たなメカニズムを示すものであり、二次性高血圧の病態理解を深める重要な成果です。

本研究成果は米国の科学誌「Hypertension」に2025年10月27日(月)午後6時(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

APCCは非常に小さな細胞集団のため、これまで詳細な解析が困難でした。本研究では、空間トランスクリプトミクスという最先端技術により、組織内の位置情報を
保ったままAPCCの遺伝子発現を解析することに成功しました。

ストレス応答がAPCC形成に重要な役割を果たすという発見は、高血圧疾患の新たな理解につながる成果だと考えています。

用語解説

(※1) 原発性アルドステロン症
副腎に由来するアルドステロンというホルモンが自律的に過剰分泌される病気です。アルドステロンは、塩分を体内に保持して血圧を維持する働きがありますが、過剰に分泌されると高血圧症を発症します。原因不明の本態性高血圧と比較して、心血管病、脳卒中、慢性腎臓病になりやすく、危険な高血圧とされています。

(※2) 二次性高血圧
特定の原因疾患によって引き起こされる高血圧のこと。高血圧患者の約90%は原因が特定できない本態性高血圧ですが、残りの約10%は腎臓病やホルモンの異常など、明確な原因疾患がある二次性高血圧です。

(※3) アルドステロン産生細胞クラスター(APCC)
アルドステロンを産生するためにはCYP11B2という酵素が必要です。アルドステロン産生細胞クラスターは、CYP11B2を強く発現する細胞が集合した構造です。原発性アルドステロン症の原因である副腎腫瘍の前段階病変である可能性があります。

(※4) 空間トランスクリプトミクス
組織内のどの場所でどの遺伝子が働いているかを、位置情報を保ったまま網羅的に測定する最先端の解析技術。

(※5) シングルセルRNAシーケンス解析
次世代シーケンサーと呼ばれる塩基配列を大量かつ高速に解読する装置を用いて、一つひとつの細胞が発現するメッセンジャーRNAを読み取り、種類や量を決定する方法。

(※6) ストレス応答性転写因子 NR4A2
細胞内で遺伝子の働きを調節するタンパク質の一種。転写因子は特定の遺伝子のスイッチをオン・オフする役割を持ちます。NR4A2は様々なストレス刺激に反応して活性化される特徴があり、副腎皮質では主にアルドステロンを産生する細胞に存在しています。本研究では、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などのストレス刺激によりNR4A2が活性化され、アルドステロン合成酵素の遺伝子発現を促進することで、正常な副腎細胞からAPCCへの変化を引き起こすことが明らかになりました。

(※7) 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)
視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis)と呼ばれるストレス応答経路を介して分泌されるホルモンです。身体がストレスを感じると、脳の視床下部から下垂体にシグナルが送られ、下垂体からACTHが血液中に分泌されます。ACTHは副腎に到達すると、副腎を刺激してホルモン産生を促進します。

(※8) 酸化ストレス
細胞にとって有毒な活性酸素という物質が過剰に発生することで生じるストレス。

(※9) サイトカイン
細胞間の情報伝達を担うタンパク質の総称。免疫応答や炎症反応などに関与します。

詳細

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お問い合わせ先

医学研究院 馬越洋宜 助教

医学研究院 小川佳宏 主幹教授

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