ALMAがとらえた小マゼラン雲のふんわり分子雲

~大昔の星の保育園は変幻自在か?~

理学研究院
徳田 一起 学術研究員

ポイント

・現在の宇宙では、星の保育園(分子雲, ※1)が細長いフィラメント構造をとることが知られており、太陽系もそのような雲から生まれた可能性が高い。しかし、大昔の宇宙も同様の特徴があったかどうかは不明である。
・重元素(※2)が少なく約100億年前の環境を保つとされる小マゼラン雲(※3)をアルマ望遠鏡(※4)で観測したところ、星の保育園の約6割がフィラメント状、残り4割が“ふんわり”と広がった形であることが分かった。
・過去の宇宙ではフィラメントが崩れやすく、重元素が不十分な環境では太陽のような星が生まれにくかった可能性を示唆する。本研究は、宇宙の進化を解明する上で重要な手がかりとなるものである。

概要

私たちが住む天の川銀河では、星が生まれる「保育園」ともいえる分子雲は、細長い“フィラメント”状をしていることが一般的です。私たちの太陽系もおそらくこのフィラメント状分子雲(※5)の分裂によって作られた星の卵(分子雲コア)から誕生したと考えられます。しかし、この過程が宇宙の歴史を通して普遍的であるかどうかについてはほとんど研究が進んでおらず、より大昔の環境で星の保育園がどのような形を持っており、またどのように形作られるかは未解明のままでした。

今回の研究で大昔の宇宙では星の保育園はフィラメント状形状が必ずしも一般的ではなく、その形を大きく変化させているかもしれない兆候が初めて捉えられました。

天の川銀河の「お隣さん」としても知られる小マゼラン雲(距離 約20万光年)は約100億年前相当の環境を残している銀河であり、大昔の宇宙における星の誕生過程を詳しく探る上で貴重な場所です。九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門 徳田一起 学術研究員/特任助教および大阪公立大学大学院理学研究科物理学専攻 博士前期課程2年 國年悠里氏らの研究チームは、小マゼラン雲にある生まれたての巨大な星のまわりに広がる分子雲17箇所を、南米チリにあるアルマ望遠鏡を用いて観測しました。その結果、観測した分子雲のうち約60%は天の川銀河の分子雲と同様にフィラメント状をしていますが、残りの40%は綿飴のように “ふんわり”した形をしていることがわかりました。研究チームはフィラメント状分子雲が時間経過と共にその形を失い、ふんわりとした姿へと変貌していくと結論づけました。大昔の宇宙では、現在よりも“星の保育園”がふんわりとした姿へと変化しやすい条件が整っていた可能性が示唆されます。

これらの発見は、宇宙の歴史の中で星が生まれる場所がどのように形作られてきたかを理解する上で、新たな視点を提供します。我々が住む太陽系を含む「現在の」星の保育園が形成される上で、銀河環境自体の発展が欠かせなかった可能性があります。

本研究成果は米国の雑誌「The Astrophysical Journal」に 2025 年2月20日(木)午後6時(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

本研究チームでは過去数年の間に小マゼラン雲の分子雲をいくつか観測してきましたが、その全貌はなかなか掴めずにいました。この研究では複数個の分子雲をより詳細に観測したことにより、星(およびその集団)を作っている途中で形が大きく変わっているかもしれない可能性が初めて浮かび上がりました。分子雲の進化は数10万年の時間で起こるため人間の一生では追うことができませんが、複数の天体の観測結果を俯瞰することによりその変化を推測できます。これは天文学研究の醍醐味の一つです。

用語解説

(※1) 分子雲、および分子雲コア・・・宇宙空間には星の材料となる水素原子/分子を主成分としたガスが漂っています。その中でも特に水素分子が豊富に存在する場所が分子雲です。さらにガス密度が濃くなった場所は分子雲コアと呼ばれており、いわゆる星の卵に相当します。これがさらに収縮することによって、太陽のような恒星や、それよりもさらに重い星(大質量星)およびそれらの連星が誕生します。

(※2) 重元素(金属量)・・・天文学では水素とヘリウムよりも重い元素のことを重元素(金属)と呼びます。重元素量とは、太陽およびその周辺を基準とし、最も多い元素である水素に対して重元素がどれくらい含まれているかの割合を表します。

(※3) 小マゼラン雲・・・地球から約20万光年の距離にある銀河。我々が住む天の川銀河も含まれている局所銀河群の中では、分子ガスが観測できてかつ原始星(幼年期の星)が詳しく観測できるものの中では最も重元素量が少ない(天の川銀河の1/5程度)環境にあります。

(※4) アルマ望遠鏡・・・東アジア(日本・台湾・韓国)・北米(アメリカ・カナダ)・ヨーロッパが共同で運用する国際的な望遠鏡プロジェクトです。チリ・アタカマ砂漠の標高約5000mの場所に設置されており、合計66台のパラボラアンテナを組み合わせることにより高い解像度の天体画像を得ることができます。

(※5) フィラメント状分子雲・・・我々の住む天の川銀河や小マゼラン雲と対をなす大マゼラン雲では、星の誕生現場である分子雲は約0.3光年程度の幅を持つ細長い紐状の形であることが一般的です。このフィラメント状分子雲は、分子雲同士が衝突した際や超新星爆発が発生した際に到来する衝撃波によって形成されると考えられています。

詳細

本研究の詳細はこちらをご参照ください。
お問合せは理学研究院 徳田一起 学術研究員

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