コルチゾール産生腫瘍の前駆病変を世界で初めて発見

~副腎腫瘍の発生メカニズムの解明と副腎皮質疾患の治療への応用に期待~

ポイント

・副腎皮質に発生するコルチゾール産生腫瘍の前駆病変を世界で初めて発見
・副腎皮質細胞から前駆病変を経てコルチゾール産生腫瘍が発生する仕組みを解明
・ヒト副腎皮質の形成・維持機構の解明と副腎皮質機能低下の治療への応用に期待

概要

ヒトの副腎皮質は球状層、束状層、網状層からなる3層構造を形成し、3層特異的に、生命維持に不可欠なステロイドホルモン(アルドステロン、コルチゾール、副腎アンドロゲン)を分泌します。副腎皮質の構造は動物の種類により大きく異なっており、ヒトの副腎皮質3 層構造の形成・維持機構は、十分に解明されていません。副腎皮質にはしばしばホルモンを産生する腫瘍が発生します。クッシング症候群※1を引き起こすコルチゾール産生腫瘍(CPA)は、GNAS※2やPRKACA※3などの遺伝子変異を有することが報告されていますが、その発生機構は明らかではありませんでした。
 九州⼤学⼤学院医学研究院 ⼩川佳宏主幹教授と京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座 小川誠司教授を中心とする研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 鈴木穣教授らとの共同研究により、GNAS変異を有する副腎皮質内の微小病変として「ステロイド産生結節(steroids-producing nodule: SPN)」を世界で初めて発見しました。ゲノム解析※4や空間トランスクリプトーム解析※5などの最新技術を駆使し、遺伝子変異した細胞がクローン増殖してSPNを形成し、SPNを前駆病変としてCPAに進展することを明らかにしました。興味深いことに、SPNは束状層様構造と網状層様構造による特徴的な2層構造を呈します(図)。束状層様構造には細胞増殖を促進する作用、網状層様構造には免疫応答により増殖を抑制する作用があり、この2層構造が腫瘍形成において相反する効果を持つことを示しました。また、SPNの層構造の形成にはGNAS変異によるPKA経路※6の亢進が関与することが明らかになりました。
 本研究成果は、副腎腫瘍の発生機構とヒト副腎皮質の形成・維持機構の理解に新たな知見をもたらすとともに、ヒトの副腎皮質層構造の形成・維持機構の解明に向けて大きな手掛かりになり、今後、副腎腫瘍の治療や、副腎皮質萎縮による副腎皮質機能低下症の予防や治療への応用が期待されます。
 本研究の成果は、英国の科学雑誌 『eBioMedicine』に、2024年4月3日(水)午前0時(日本時間)に掲載されました。

用語解説

 (※1) クッシング症候群 体内のコルチゾールが過剰になることで、肥満や糖尿病、高血圧、骨粗鬆症など様々な症状を引き起こす疾患です。
 (※2) GNAS (GNAS遺伝子) Gαsタンパク質をコードする遺伝子です。PKA経路を介して、細胞内のシグナル伝達を制御し、細胞の機能や生理的なプロセスを調節します。
 (※3) PRKACA (PRKACA遺伝子) PKAの触媒サブユニットのPRKACAをコードする遺伝子です。GNAS遺伝子と同様に、PKA経路を介して細胞内でのシグナル伝達や生理的プロセスを調節します。
 (※4) ゲノム解析 生物の組織からDNAを取り出し、DNAの配列を読み取ることで生物の遺伝子情報を調べる手法です。遺伝子変異などの遺伝子の異常を検出することができます。
 (※5) 空間トランスクリプトーム解析 組織内で個々の細胞の位置情報を保持しながら行うRNAシーケンシング解析です。位置ごとの遺伝子発現を解析することができます。
 (※6) PKA(cAMP依存性タンパク質キナーゼA)経路 細胞内のエネルギー代謝、細胞増殖、分化などのプロセスに関与する、重要な細胞内シグナル伝達経路です。副腎皮質において、細胞内でPKAが活性化されると、ステロイドホルモンの合成が促進されます。

研究に関するお問い合わせ先

医学研究院 ⼩川 佳宏 主幹教授

詳細

本研究の詳細はプレスリリースをご参照ください。

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