― 国連の新しい進歩の羅針盤と、九州大学の新国富研究
理事・副学長
馬奈木俊介
2026年5月、国連は「GDPの次」を測るための新しい枠組みを公表しました。4つの次元と31の指標からなるダッシュボードで、その柱のひとつには、自然資本・人的資本・物的資本などの「資本ストック」で豊かさを測る考え方が据えられています。九州大学の研究グループでは、この考え方にもとづく新国富報告書(Inclusive Wealth Report)を国連環境計画(UNEP)などと共同でまとめてきました。SDGsの先を見すえた国際的な議論と、日本国内の政策の動きを、あわせてご紹介します。
国連が示した、新しい「進歩の羅針盤」
2026年5月7日、国連のBeyond GDP(GDPを超えて)ハイレベル専門家グループが、最終報告書『Counting What Counts: A Compass of Progress for People and Planet(真に価値あるものを数える――人と地球のための進歩の羅針盤)』を公表しました。2024年に国連総会で採択された「未来のための協定(Pact for the Future)」にもとづき、2025年5月に任命された14名の専門家がまとめたものです。
報告書が提案したのは、国内総生産(GDP)だけに頼らずに社会の進歩を測るための、4つの次元と31の指標からなるダッシュボードです。4つの次元は、基礎原則、現在のウェルビーイング、公平性と包摂性、そして持続可能性とレジリエンスから構成されます。
注目したいのは、4つ目の「持続可能性とレジリエンス」です。ここでは、物的資本、人的資本、社会関係資本、制度資本、自然資本という資本ストックが柱に据えられました。いま一年間にどれだけ生産したかではなく、次の世代が使える元手がどれだけ残っているかを見る、という考え方です。
報告書は各国に対し、自国が主体となって進捗ダッシュボードを整備し、それを政策・計画・予算・説明責任の中核に組み込むことを求めています。2026年4月にはスペインとガイアナが共同ファシリテーターに任命され、加盟国による政府間プロセスがすでに動き始めています。
「資本ストックで測る」を積み重ねてきた九州大学の研究
この「資本ストックで豊かさを測る」という考え方を、九州大学の研究グループでは国連機関との共同報告書として長く積み重ねてきました。それが新国富報告書(Inclusive Wealth Report)です。
本学大学院工学研究院の馬奈木俊介主幹教授が2014年から代表を務め、2023年には国連環境計画(UNEP)から、163カ国を対象とした新国富報告書2023を公表しました。人工資本、人的資本、自然資本という3つの資本を国ごとに推計し、GDPが伸びていても資本が痩せていく国があることを可視化したものです。2024年には、国連教育科学文化機関(UNESCO)のMGIEPから、社会的・感情的資本に焦点を当てた版が刊行されています。
GDPは、一年間に生み出された付加価値という「流れ」を測る指標です。これに対して新国富は、その社会が将来にわたって使える資本という「蓄え」を測ります。今年の成績が良く見えても、森林や地下水、教育や健康といった元手を取り崩していれば、蓄えは減っている。その差を数字で示せることが、この指標の役割です。
国連の新しいダッシュボードが資本ストックを柱に据えたことは、こうした研究の蓄積が、国際的な意思決定の枠組みに位置づけられたことを意味します。
日本国内の政策も、同じ方向へ
同じ動きは、国内の政策にも表れています。2025年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)では、「Wellbeing(幸福度)」の高い経済社会の構築が掲げられ、「自然資本」に関するデータ整備と情報発信、国際ルール形成の主導が明記されました。人的資本についても、可視化指針の見直しと企業の情報開示の充実が進められています。
注目すべきは、同じ方針のなかに、国土交通省が進める「グリーンインフラ」の活用、環境省が掲げる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の実現に向けた地域の取組、そして官民協調で10年間に150兆円規模とされるGX(グリーン・トランスフォーメーション)関連投資が、並んで位置づけられていることです。
自然を守る施策、人を育てる施策、インフラを整える施策は、これまで別々の政策として語られてきました。しかし、資本ストックという物差しを当てると、いずれも「将来使える元手を増やす投資」として一本の線でつながります。国際的な指標づくりと国内の政策が、いま同じ方向を向きはじめています。
SDGsの、その先へ
SDGsは2030年を達成期限としています。その先の国際目標をどう定めるかという議論が、すでに始まっています。
目標は、測り方が決まってはじめて形になります。何を測るかを決めることは、どこへ向かうかを決めることでもあります。だからこそ、指標をめぐる国際的な議論に日本の知見を届けることには、大きな意味があります。
同時に、指標は使われなければ意味がありません。本学では、衛星観測データや個人単位のデータを用いて、国だけでなく都道府県や市町村といった細かい単位で資本ストックを推計する研究にも取り組んでいます。自治体や企業が、自分たちの資本がいま増えているのか減っているのかを自ら確かめられるようにすること。それが、国際的な枠組みを地域の実践につなぐ道筋だと考えています。
九州大学は、これからも国連機関や国内の関係機関と連携しながら、持続可能な社会の実現に向けた研究と発信を続けてまいります。
【関連リンク】
・国連 Beyond GDP ハイレベル専門家グループ最終報告書『Counting What Counts』(概要) https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/executive_summary_-_report_of_high-level_expert_group_on_beyond_gdp.pdf
・国連プレスリリース「新たな進捗測定のためのグローバル・ダッシュボード」
https://www.un.org/en/desa/united-nations-proposes-new-global-dashboard-to-measure-progress-beyond-gdp
・国連 Beyond GDP 政府間プロセス
https://www.un.org/en/beyondGDP/intergovernmental-process
・九州大学 研究成果「国連『脱GDP』に向けた新国富報告書2023を発表」
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/963/
・新国富プロジェクト(Inclusive Wealth Project)
https://www.managi-lab.com/iwp/iwp_home.html
・UNESCO MGIEP Inclusive Wealth Report 2024
https://mgiep.unesco.org/inclusive-wealth-report-2024
・内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2025/2025_basicpolicies_ja.pdf
・国土交通省「グリーンインフラ推進戦略」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000017.html







