術前心電図から術後の心房細動発症を予測するAIモデルを開発

~ 潜在的な心房細動の早期発見と治療による心房細動患者の予後・QOL改善に期待 ~

ポイント

・心房細動 (※1)は左房内に血栓を形成し、脳梗塞を始めとした重篤な合併症の原因となる不整脈ですが、約半数の患者において心房細動による自覚症状がなく、また発症早期にはその出現も一過性であることから、しばしば診断が困難であり、心房細動罹患リスクを層別化する方法と新たな診断アプローチの確立が喫緊の課題です。
・手術後に生じる術後心房細動に着目し、術前に記録した非心房細動の心電図から術後心房細動の発症を予測する人工知能(artificial intelligence; AI, ※2)モデルの開発に成功しました。
・術後心房細動は長らく手術の身体的・精神的にストレスによる一過性の心房細動と考えられてきましたが、近年、術後心房細動は入院期間の延長のみならず、その後の心房細動や脳梗塞の発症リスクと関連していることが明らかになってきています。
・開発したAIモデルを用いて術後心房細動の発症リスクを層別化、高リスク患者では周術期の心電図モニター管理を強化し、術後心房細動を適切に診断することで、将来の心房細動および脳梗塞を始めとした合併症の早期診断・治療につながることが期待されます。

概要

 心房細動は不整脈の一種であり、様々なリスク因子に応じて心臓(左房内)に血栓を形成します。形成された血栓が遊離し、脳血管を始めとした全身の血管に詰まることで脳梗塞を始めとした重篤かつ致死的な合併症を引き起こします。国内における有病率は70歳以上で3-4%とされ、高齢化社会とともにその罹患者数は増え続けています。これらの合併症は抗凝固療法によって予防することが可能ですが、罹患患者の約半数は心房細動に関連する自覚症状がなく、発症早期にはその出現も一過性であることから、心房細動の早期診断に関する新たな診断アプローチの確立は喫緊の課題です。
 本研究により、術前心電図から術後心房細動の発症を層別化するAIモデルの開発に成功しました。 九州大学病院の遠山岳詩医員および井手友美診療准教授、九州大学医学研究院の池田昌隆助教らの研究グループは、2015年から2020年に九州大学病院において外科手術を受けた患者の術前心電図を対象に術後の心房細動の発症を予測するAIモデルの開発を行いました。開発したAIモデルにより、陽性的中率(※3)が10%(心房細動が術後に発症するリスクがあると予測した患者の10%に心房細動が発症)、陰性的中率(※4)が99%(心房細動が術後に発症しないと予測した患者では、100人中99人で心房細動が発症しない)と高い精度で術後心房細動の層別化が可能となりました。
 術後心房細動は一過性であり、日常での心房細動や合併症リスクとは関連しないと考えられてきましたが、近年、潜在的な心房細動や将来の脳梗塞リスクと関連していることが明らかとなってきています。本研究で開発したAI診断モデルを初期スクリーニングとして用いることで術後心房細動の発症リスクが高い患者の同定が可能です。高リスク患者においては、術後の心電図モニター管理を強化することで、無症状、または潜在的な心房細動を早期に診断し、合併症を予防できることが期待されます。
 本研究成果は米国の科学誌「Circulation: Arrhythmia and Electrophysiology」に2023年2月21日(火)に掲載されました。

用語解説

(※1) 心房細動:加齢を始めとした様々な原因によって生じる心房での無秩序な電気活動に基づく不整脈。心房細動により有効な心房収縮が失われる結果、心房内での血液のうっ滞が生じ、血栓が形成される。形成された血栓は遊離し、脳梗塞を始めとした重篤かつ致死的な臓器の梗塞(臓器への血流途絶)を生じる。発症早期には一過性の心房細動(発作性心房細動)であるが、罹患期間が長くなるにつれ、持続性、慢性心房細動と心房細動が基本調律となっていく。このため、特に発症早期の発作性心房細動の診断は困難であり、脳梗塞などの合併症の発症を契機に診断されることも多い。
(※2) 人工知能(artificial intelligence; AI): 人間の知的な作業について、ソフトウェアを介して人工的に行わせる技術の総称。大量のデータを学習させることで、人間のように振る舞うことが可能になる。医療現場においては、質の高い診療のための支援ツールになることが期待されている。
(※3) 陽性的中率:検査で陽性と診断された人が、実際にその病気を罹患しているもしくは、今後罹患するかについて正しく診断できた割合のことをさす。陽性的中率が高い検査ほど信頼が高い検査であり、確定診断に有用である。
(※4) 陰性的中率:検査で陰性と診断された人が、実際にその病気を罹患していないもしくは、今後罹患しないことについて正しく診断できた割合のことをさす。陰性的中率が高い検査ほど信頼が高い検査ということになる。陰性的中率が高い検査は、病気でないことをきちんと診断できるため、スクリーニング検査に有用である。

詳細

詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。

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