RNA転写の終わりとがん細胞の増殖の密な関係

~転写と複製の衝突を誘導するがん治療戦略への発展に期待~

生体防御医学研究所
野島 孝之 准教授

ポイント

・機能的な遺伝子発現には、RNA転写がゲノム上の正しい位置から開始し、適切な位置で終結する必要がありますが、開始と比較して終結制御は研究が進んでいませんでした。本研究では、転写終結がいかに細胞の機能維持に重要であるかを明らかにしました。
・転写開始直後に重要な因子として知られていた因子NELFを欠失させると、転写終結が乱れることと、該当ゲノム領域でのDNA複製効率が低下し、細胞増殖の停止が観察されました。本研究ではさらに踏み込んで、転写終結と細胞増殖の関連を詳細に明らかにしました。
・これらの知見は、転写終結と細胞増殖の関係を理解する基盤となり、将来的ながん研究や創薬標的探索につながることが期待されます。

概要

ゲノムには生物の設計図となる遺伝情報が含まれています。ヒトゲノムは一細胞あたり約30億塩基対と膨大で、その中におよそ2万個の遺伝子がコードされています。しかし、1つの細胞が特定の性質や機能を保つために主に使う遺伝子はその一部(数千〜多くても1万程度)で、RNAポリメラーゼII (Pol II)はその細胞に必要な遺伝子をDNA上で読み取り、RNAとして写し取り(転写)ます。1つの遺伝子として転写される範囲は多くが数万塩基対程度で、「読み始め(開始)」と「読み終わり(終結)」が決まっています。Pol IIが異常な位置で転写の開始や終結を起こさないよう、複数の因子によって精密に制御されています。しかし、がん細胞においては転写制御の破綻がみられることが知られており、その多くが、がんの増殖にとって都合の良いように変化しています。しかし、転写制御がいかに細胞増殖に関連するのか、その分子メカニズムは未だによくわかっていません。

今回、九州大学生体防御医学研究所の野島孝之准教授のグループ(中山千尋大学院生とQi Fang博士研究員)、公益財団法人がん研究会がん研究所の大学保一プロジェクトリーダーのグループ、英国レスター大学のMichael Tellier講師のグループ、および米国Northwestern大学のAli Shilatifard教授のグループで構成される国際研究チームは、新規の転写終結因子を発見し、さらに転写終結制御の破綻が細胞増殖を停止させる分子メカニズムを明らかにしました。本研究では、複数の転写因子に着目し、大腸がん由来の培養細胞を用いて、新生RNA解析(※1)により転写プロファイルを明らかにしました。その結果、転写抑制因子NELFを消失した細胞では、本来の遺伝子の終結位置を通り越してPol IIが転写を続ける「転写終結破綻」が起きることを発見しました。さらに、止まらなくなったPol II は本来Pol IIが転写をすることが想定されていない領域にまで侵入することで、DNA複製を阻害し、結果的に細胞増殖が停止することを見出しました。本成果は、今まで知られていなかったNELFの転写終結における役割を明らかにし、NELFが転写と複製の衝突を防ぐ役割を持つことを示しました。がん細胞は特定の転写制御に強く依存する場合があり、この依存性は治療標的の候補になり得ます。今後は、どのタイプのがんでNELFへの依存が強いのか、NELFや関連因子を操作したときに正常細胞への影響をどこまで抑えられるのか、といった点を検証することで、転写と複製の衝突を抑える新しい治療戦略の基盤につながることが期待されます。

本研究成果は欧州分子生物学機構が出版するドイツの科学雑誌、EMBO Reportsに[2026年2月20日(金)午後7時(日本時間)]に掲載されました。

用語解説

(※1) 新生RNA解析
細胞核の中で転写された直後の「生まれたばかりのRNA(新生RNA)」を調べる方法。RNAはDNAから転写された後、さまざまなプロセシングを受けて成熟し、定常状態RNAとなったのち、細胞質へ輸送され、その情報がタンパク質へと翻訳されます。プロセシングを受けた後の定常状態RNAを調べる方法(トランスクリプトーム解析)では、転写の分子機構を明かにすることはできません。一方で、新生RNA解析では遺伝子の転写レベルやダイナミクスを直接的に捉えることが可能です。私たちのラボでは、mNET法やPOINT法といった新生RNA解析法を独自に開発しています。

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生体防御医学研究所 野島孝之 准教授

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