高校生はコロナ禍で抑うつになりにくくなっていた?

~心の変化を“地形図”で可視化、集団傾向を数理的に解析~

マス・フォア・インダストリ研究所
岩見 真吾 客員教授

ポイント

・東京在住の高校生から取得した抑うつ注1)に関するアンケートに対して、エネルギー地形解析注2)を適用して「抑うつのエネルギー地形図」として解析した結果、先行研究と同様に集団全体の傾向としてコロナ禍で抑うつになりにくくなっていたことを示した。
・層別化解析注3)により、抑うつスコアが低く安定なグループと高く不安定なグループを特定し、両グループでコロナ禍による抑うつへの影響が異なることを示した。
・脳発達データ(経時的な頭部MRI検査注4))の比較から、脳構造の成長過程が抑うつの感受性に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

概要

名古屋大学大学院理学研究科の岩見 真吾 教授(兼 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授)・立松 大機 日本学術振興会特別研究員DC1(受入機関:名古屋大学)の研究グループは、東京大学大学院医学系研究科の小池 進介 教授(兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者)らとの共同研究により、東京ティーンコホート注5)の参加者84人の高校生を対象に毎月行われた抑うつに関するWEBアンケートのうち、コロナ禍前およびコロナ禍中のデータを、エネルギー地形解析を用いて解析しました。その結果、先行研究注6)と同様、本コホートの高校生集団全体としてコロナ禍において抑うつになりにくい傾向があったことを示しました。また、層別化解析により、抑うつスコアが「低く安定なグループ」と「高く不安定なグループ」の存在を見出しました。エネルギー地形図上でシミュレーションを行った結果、コロナ禍中において、安定グループでは抑うつ状態への遷移が起こりにくく、他方、不安定グループでは健康な状態に戻りやすくなり、結果として全体の抑うつスコア平均が減少することを確認しました。さらに、アンケート調査参加者が約2年ごとに受けた頭部MRI検査の解析からは、中前頭回の尾側と側頭極の皮質厚注7)の成長過程がグループ間で異なり、この脳構造の成長過程の違いが抑うつの感受性に関与している可能性も示唆しました。

本研究では、気分や意欲、不安など相互に関連するアンケートデータに内在する相関構造や状態遷移に着目し、物理学・神経科学・生態学などで用いられてきたエネルギー地形解析を精神医学領域に応用することで、心的状態の変化を直感的に読み解く新たな可能性を示しました。さらに、抑うつが感染症対策によってどのような影響を受けたのかを明らかにしました。これまでの心理学、精神医学のアプローチでは見えなかった心的状態について、WEBアンケートによる毎月のデータ取得および数理解析によって、新たな視点を付与することができました。将来的には、パンデミックや大災害のような大規模な社会変化が生じた際に、精神状態への影響を早期に予測し、支援を要する人々を適切に選別できることが期待されます。

本研究成果は、2026年1月23日午前4時(日本時間)付で国際学術雑誌『PLOS Medicine』に掲載されました。

用語解説

注1)抑うつ:
一時的に気分が落ち込んだり、意欲が低下したりする心理状態のこと。誰にでも起こりうる身近な反応であり、必ずしもうつ病などの精神疾患を意味しない。

注2)エネルギー地形解析:
解析対象が取りうるさまざまな“状態”をもとに、それぞれがどれくらい起こりやすいか、どのように変化しやすいかを地形図のように可視化する手法。谷のように低い場所は起こりやすく安定した状態、山のように高い場所は起こりにくい不安定な状態を示し、複雑な状態変化を直感的に理解できる。

注3)層別化解析:
データに含まれる特徴やパターンをもとに、似た傾向を持つもの同士をグループ分けする解析手法。グループごとの違いや特徴を把握しやすくなり、データ全体だけでは見えにくい傾向を明らかにできる。

注4)頭部MRI検査:
磁気を使って頭の内部構造を画像化し、脳の形や構造を詳しく調べる検査。放射線を使わないため、体への負担が少なく、安全に脳の状態を確認できる。

注5)東京ティーンコホート:
東京都世田谷区・三鷹市・調布市に住む一般住民の児童とその養育者から無作為抽出された参加者3,171人に対して長期間追跡して実施されている大規模な前向き縦断コホート研究。思春期における心理的・身体的発達や行動特性の経時的変化を明らかにすることを目的に、複数の調査機関・方法(質問紙・訪問調査・認知・生物学的測定など)を用いてデータを収集しており、東京大学・総合研究大学院大学・東京都医学総合研究所が共同で運営している。

注6)先行研究:
Hippocampal Structures Among Japanese Adolescents Before and After the COVID-19 Pandemic | Adolescent Medicine | JAMA Network Open | JAMA Network
doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.55292

注7)中前頭回の尾側と側頭極の皮質厚:
中前頭回の尾側と側頭極は感情や考え方に関わる脳の働きと関連があるとされる脳領域。中前頭回の尾側は、状況に応じて発語や眼球運動を制御すると考えられている。一方、側頭極は、感情や過去の経験に意味を与える役割を担う脳の領域と考えられている。これらの脳の皮質厚の違いは、人によって異なる心の状態や感じ方の違いを理解するための、重要な手がかりの一つである。

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