敗血症性心筋症が生じる仕組みを解明・治療開発に向けた基盤を構築

~敗血症における多臓器不全に対する新たな治療開発に期待~

九州大学病院 別府病院
池田 昌隆 助教

ポイント

・重症感染症に伴う臓器障害、すなわち敗血症※1は致死的な病態であり、さらなる病態の解明と治療法の開発は喫緊の課題です。
・敗血症における多臓器不全(Multiple Organ Dysfunction Syndrome, MODS; ※2)は、細胞障害性低酸素 (cytopathic hypoxia; ※3)と呼ばれる概念的な現象で説明されてきましたが、その詳細な分子機序はこれまで明らかにされていませんでした。
・MODSの一つである敗血症性心筋症(敗血症に伴う左室収縮不全)では、菌体成分に応答して増加する低酸素応答因子(hypoxia-inducible factor-1, HIF-1α; ※4)が心筋細胞の酸素利用障害を引き起こしており、さらに炎症応答に伴って生じるリン脂質代謝の活性化がHIF-1αを増加させることを突き止めました。
・研究で明らかにした「敗血症でHIF-1αが増加する」、あるいは「HIF-1αがcytopathic hypoxiaを引き起こす」分子機序から、複数の治療標的を見出しています。解明した分子基盤を背景に、敗血症性心筋症、ひいてはMODSに対する新たな治療の開発が期待されます。

概要

重症感染症では、全身の臓器機能が障害される「MODS」を伴い、“敗血症”と呼ばれる重篤な病態に至ります。敗血症の致死率は30%以上とされ、日本国内では年間約81,000人が亡くなっていると推定されています。これまで、敗血症における臓器障害は「細胞障害性低酸素(cytopathic hypoxia)」とされる概念的な現象によって説明されてきましたが、その詳細な仕組みは明らかではありませんでした。

本研究により、MODSの代表的な臓器障害である敗血症性心筋症において、菌体成分に対する生体の過剰な免疫応答によって増加した低酸素応答因子(hypoxia-inducible factor-1, HIF-1α)が、cytopathic hypoxiaおよびMODSの核心的な分子メカニズムであることを明らかにしました。

九州大学病院別府病院内科の池田昌隆助教、および医学系学府博士課程の渡邊雅嗣氏(現・九州大学病院麻酔科蘇生科助教)らの研究グループは、低酸素環境に順応するために細胞を“省エネモード”に移行させる転写因子HIF-1αが、菌体成分に対する生体の過応答により低酸素環境とは無関係に誘導され、実際には酸素が充足する環境にも関わらず、酸素利用ができない状態(cytopathic hypoxia)が引き起こされ、敗血症性心筋症の発症につながることを示しました。

さらに、HIF-1αがcytopathic hypoxiaを引き起こす仕組み、ならびに菌体成分に応答してHIF-1αが増加する仕組みを解明することで、敗血症性心筋症、ひいてはMODSに対する複数の新たな治療標的を突き止めることに成功し、新規治療法の開発に向けた研究基盤を構築しました。

COVID-19パンデミックでも明らかとなったように、感染症は依然として人類にとっての深刻な脅威です。その致死性の根幹である敗血症、すなわちMODSの克服は人類の健康・福祉にとっての最重要課題の一つです。本研究成果を基盤とした新たな治療法の開発により、敗血症の克服と重症感染症からの転帰の改善が期待されます。

本研究成果は英国の科学誌「Nature Cardiovascular Research」に2025年8月19日(火)午後6時(日本時間)に掲載されました。

用語解説

(※1) 敗血症
感染に対する調節不全の宿主応答によって引き起こされる、生命を脅かす臓器障害を伴った状態。

(※2) 多臓器不全症候群(Multiple Organ Dysfunction Syndrome, MODS)
重症傷病を契機として生じる、制御不能な炎症反応(過剰なサイトカイン産生)により、2つ以上の臓器、または生体機能系に進行性の機能障害が生じる状態。

(※3) 細胞障害性低酸素(cytopathic hypoxia)
細胞は主にミトコンドリアにおいて酸素を利用してエネルギーを生成するが、酸素が十分に存在しているにもかかわらず、細胞(あるいはミトコンドリア)が酸素を利用できず、エネルギー不足による細胞機能不全に陥る状態を指す概念的な現象。
対照的な概念として、低酸素性低酸素(hypoxic hypoxia)がある。

(※4) 低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor-1α, HIF-1α)
低酸素環境下で増加し、細胞が低酸素に順応するための応答(低酸素応答)を担う転写因子。酸素が十分に存在する環境では、酸素依存的な水酸化修飾を受けて速やかに分解されるが、低酸素環境下では水酸化修飾が起こらず、分解されずに細胞内に蓄積する。HIF-1αの発見およびその生体内での機能解析に貢献したGregg L. Semenza, William G. Kaelin Jr., Peter J. Ratcliffeの3氏は、2019年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

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九州大学病院別府病院内科 池田昌隆 助教

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