シベリア森林火災の大気質・気候・経済への包括的な影響を現在及び近未来気候条件の感度実験から初めて評価

森林火災による大気エアロゾルは気候、人の健康から経済にまで影響を与える

ポイント

・シベリア森林火災が増加すると火災発生源及び風下地域で冷却効果と大気質悪化をもたらす。
・近未来の気候下で、これら地域で火災の大気エアロゾル冷却効果が温暖化を抑制する可能性を示唆。
・森林火災の大気汚染微粒子は、PM2.5環境基準の達成率低下、早期死亡数増加、経済損失と密接に関連。

概要

 北海道大学北極域研究センター(広域複合災害研究センター兼務)の安成哲平准教授・ディスティングイッシュトリサーチャー、東京大学大学院総合文化研究科の成田大樹教授、九州大学応用力学研究所の竹村俊彦主幹教授、北海道大学大学院工学院修士課程の若林成人氏(研究当時)、千葉大学環境リモートセンシング研究センター(東京大学生産技術研究所兼務)の竹島滉特任研究員による研究グループは、シベリア森林火災が気候、大気質、経済に与える影響について、MIROC5気候モデルを用いて感度実験*1による現在及び近未来(2030年)の気候条件下*2で森林火災増加を仮定した全球感度数値シミュレーションを行い、その解析から包括的な評価を初めて行いました。
 シベリア森林火災の強度が強まり大気エアロゾルが増加した場合には、火災発生域から風下域で広範囲の冷却効果をもたらし、将来の温暖化時にはこれらの地域で温暖化を抑制するような効果も見られました。また、このシベリア森林火災強化による大気汚染増加は、あくまで数値モデルの感度実験としての影響規模の見積もりですが、中国や日本など東アジアの国々では、PM2.5増加により年間約数万人規模の早期死亡数増加が推定され、これらの経済的損失は貨幣換算するとそれぞれ約数百億米ドルにも上ることが分かりました。これは、シベリア森林火災の強度が弱かった2004年と比べ特に強かった2003年のさらに2倍の強度で起こった場合(いわゆる極端現象想定)の推定値です。また、現在の気候条件下では、シベリア森林火災による冷却効果が日本などの低緯度の国々に経済的利益を、ロシアなどの高緯度の国々には損失をもたらす可能性がある一方で、2030年の近未来の気候では、森林火災と温室効果ガスの影響が組み合わさり、低緯度では損失、高緯度では利益が生じる可能性も示唆されました。このことは、シベリア森林火災の煙が、地域に限らず、越境大気汚染として風下域など遠方にも広がりを見せ、広い範囲で人々の健康と経済に深刻な影響を及ぼしうる可能性と、森林火災はその影響も含め、発生地域のみならず地球規模での対策が必要であることを意味します。本研究は、現在温暖化が進行する中で、今後、森林火災から排出される大気汚染微粒子(エアロゾルやPM2.5)*3による気候・健康・経済への様々な影響について適応策を講じるための重要な基盤となるデータを提供します。
 大陸のシベリアのタイガ森林帯で大規模森林火災が発生して、煙と共に大気汚染微粒子(エアロゾル)が大量に大気中へ排出され、太陽光を反射している様子の概念図(Open AIのDALLEをGPT-4で使用して作成)。
 なお、本研究成果は、日本時間2024年4月24日(水)公開のEarth’s Future誌に掲載されました。

用語解説

*1 感度実験 … ある事象の影響を見るために、その対象とするものを変化させることで、その影響を分析し理解しようとする実験。本研究では、気候モデルの全球数値シミュレーションにおいて、定義されたシベリア域の森林火災による大気汚染排出量を現在と近未来の気候下で変化させ、その対象実験と基準実験の比較を行うことで、シベリア森林火災が増加した場合の影響を議論している。

*2 現在及び近未来(2030年)の気候条件下 … 本研究では、シベリアの森林火災による大気汚染(大気エアロゾル)の影響評価を現在と近未来の気候条件下で分析するため、IPCC第5次評価報告書でも使用されているRCP(代表濃度経路シナリオ:Moss et al.,(2010,doi:10.1038/nature08823)による温室効果ガス濃度で温暖化度合い(気候条件)を設定した。論文では現在気候は、2005年のRCP、近未来は経済的な観点からも関心の高いパリ協定が終了する(目標が設定されている)2030年(https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement)を選定し、最も低排出量のシナリオであるRCP2.6と最も高排出量のシナリオであるRCP8.5を設定した。

*3 大気汚染微粒子 … 大気エアロゾルやガスなどを大量に含む大気環境の状況の総称として、大気汚染と一般的に呼ぶが、その中で大気エアロゾル(大気中に浮遊する微粒子の総称)は、2.5μm以下のサイズに注目した場合には、健康影響の観点から指標として使われるPM2.5と呼ばれる。本研究では、森林火災から排出された大気汚染のうち大気エアロゾル(微粒子)(化学反応を通じてエアロゾルになる前段階のガス状の物質「前駆物質」も本研究では考慮)に注目し、さらにそのPM2.5にも注目することで健康影響評価について分析を行なっている(https://www.env.go.jp/content/900403822.pdf)。

研究に関するお問合せ先

応用力学研究所 竹村俊彦 教授

詳細

本研究の詳細はプレスリリースをご参照ください。

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