概日時計によって神経障害性疼痛の症状が制御される仕組みを解明

~ 時計遺伝子を基軸にした新しい疼痛緩和メカニズムの発見 ~

ポイント

・神経障害性疼痛は末梢神経のダメージで発症する慢性的な痛みで、衣服が肌に触れるような軽い触刺激でも激しい痛みを引き起こす「アロディニア」を特徴とします。このような神経障害性疼痛の症状は時刻によって変動することが知られていましたが、生体機能の24時間周期のリズムを制御する「時計遺伝子」の機能とアロディニアとの関連性は明らかになっていませんでした。
・今回、概日時計が変調した時計遺伝子の機能不全マウスを用いた解析により、生体内にはアロディニアの症状を緩和できる仕組みが備わっていることを明らかにしました。
・本研究成果からアロディニアを緩和する新しい治療標的の発見や新薬の創製などに繋がることが期待されます。

概要

 九州大学大学院薬学研究院の大戸茂弘教授、小柳 悟教授らの研究グループは、概日時計の変調が、神経損傷によって生じる慢性的な痛み(神経障害性疼痛)を緩和する仕組みを明らかにしました。
 多くの生物は、地球の自転に伴う外部環境の周期的な変化に対応するため、自律的にリズムを発振する機能(概日時計)を備えています。概日時計の機能は「時計遺伝子」によって制御され、睡眠・覚醒のサイクルやホルモン分泌などに24時間周期のリズムが生じますが、このような仕組みは病気の発症や症状にも時刻による変動を引き起こします。一方、神経障害性疼痛は末梢神経のダメージで発症する慢性的な痛みで、軽い触刺激でも激しい痛みを引き起こす「アロディニア」を特徴とします。これまでに同研究グループは、概日時計によって神経障害性疼痛の症状が時刻によって変動することを見出していましたが、時計遺伝子の機能とアロディニアとの関連性は明らかになっていませんでした。
 今回、同研究グループは概日時計の働きが慢性的に変調したマウス(時計遺伝子の機能不全マウス)では、末梢神経がダメージを受けても神経障害性疼痛が発症しないことを見出しました。時計遺伝子の機能不全マウスの脊髄では、アドレナリン受容体を介して、エンドカンナビノイドと呼ばれる物質の産生が上昇していることがわかりました。すなわち、概日時計の変調によって産生が増加したエンドカンナビノイドが、末梢神経の損傷によるアロディニアの発症を抑制していることを突き止めました。これらの知見は、生体内に概日時計によって制御される神経障害性疼痛を緩和する仕組みが備わっていることを表しており、新しい治療標的の発見や新薬の創製などに繋がることが期待されます。
 本研究成果は、2024年1月17日(水)に国際科学雑誌「PNAS Nexus」にオンライン版にて掲載されました。

用語解説

(※1) 概日時計
睡眠サイクルやホルモン分泌など様々な生体機能に約24時間周期の変動(概日リズム)を引き起こす仕組みであり、疾患の発症や症状、薬の効果にも時刻による変動を引き起こすことが知られている。
(※2) 時計遺伝子
概日時計を司る遺伝子群を指し、Clock、Arntl、Period(Per)、Cryptochrome (Cry)などが知られている。時計遺伝子に機能不全が起きた生物は、生体機能の概日リズムが保てなくなる。
(※3) 神経障害性疼痛
ヘルペスウイルス感染、糖尿病による末梢神経障害、腫瘍の神経組織への浸潤など、主に末梢神経の損傷によって発症する。持続的な自発痛に加え、衣服が肌に触れるような触刺激でも激しい痛みと感じる「アロディニア」を主症状とする。モルヒネなど麻薬性の鎮痛薬も奏功しない難治性の痛み。
(※4) エンドカンナビノイド
生体内で産生されるカンナビノイド受容体のリガンドの総称であり、主要なものとしてanandamide と2-arachidonoylglycerol(2-AG)がある。

詳細

詳細はプレスリリースをご参照ください。

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