巨視的な鏡の量子的重ね合わせを作る新手法を提案

~重力の量子性の検証実験の新しい戦略に~

理学研究院
山本 一博 教授

ポイント

・巨視的な鏡とレーザー光が結合する光学機械振動子系(以下、オプトメカ系(※1))の量子制御は量子技術のフロンティア
・巨視的な鏡の運動量の量子揺らぎが標準量子限界を超えて小さくなる「運動量スクイーズド状態」(※2)を理論的に発見
・この現象は重力が誘起する重力誘起エンタングルメント(※3)を大きく強められるため、検出実験への応用が期待される

概要

量子力学では、物理量が同時に異なる状態をとる「量子的重ね合わせ」という性質が成り立ちます。この基本的性質がどこまで成り立つのかは現代物理学の重要な研究課題です。特に重力にも量子的重ね合わせが成立するのかという「重力の量子性」が大きな関心を集めています。二つの物体が重力のみを介して量子もつれを作る「重力誘起エンタングルメント」が観測されれば、重力がこの量子的性質を持つことを示す重要な証拠となります。

巨視的な鏡とレーザー光が結合するオプトメカ系は、この問題を実験的に検証する有力な手法として注目されています。九州大学大学院理学府の福澄諒太郎さん、畠山広聖さん、同大学院理学研究院の山本一博教授とカリフォルニア工科大学の三木大輔さんの研究グループは、オプトメカ系において鏡の運動量の量子ゆらぎを強く抑えた状態(運動量スクイーズド状態)が実現可能であることを世界で初めて示しました。さらに、この状態では位置の量子的重ね合わせが量子揺らぎとともに大きく広がるため、二つの鏡の間に生じる重力誘起エンタングルメントの信号が増強されることを明らかにしました。

本研究では、オプトメカ系の出力光を連続測定(※4)し、そのデータを最適に処理する最適フィルタリング(Wienerフィルタ(※5))の手法を用いて鏡の量子状態を理論的に解析しました。その結果、運動量の量子ゆらぎを標準量子限界以下に抑える運動量スクイーズド状態が実現できることを発見し、その条件を特定するとともに、この状態を利用することで重力誘起エンタングルメントの生成が強くなる仕組みを明らかにしました。

本成果は、将来の実験で重力の量子性を検証するための新しい戦略を示すものです。実現には超高真空・低温環境など厳しい条件が必要であり、低周波領域での精密測定や宇宙空間での実験環境の活用などが課題となります。また本研究の発展は、超高感度フォースセンサーなどの量子センシング技術への波及効果も期待されます。

本研究成果は米国の雑誌「Physical Review Research」に2026年4月13日(月)に掲載されました。

研究者からひとこと

重力が量子の性質を持つかどうかは現代物理学の大きな謎です。本研究は、将来の実験実現に向けた新しい戦略を提案するものです。

用語解説

(※1)オプトメカ系(光学機械振動子系)
光(レーザー光)と機械振動子(可動鏡など)の運動が相互作用する物理系。出力光を利用して機械振動子を精密に測定・制御できるため、巨視的物体の量子状態の研究や重力波の観測でも用いられている。

(※2)スクイーズド状態
量子力学の不確定性原理を満たしつつ、ある物理量のゆらぎ(不確定性)を基底状態のゆらぎ(標準量子限界)より小さくした量子状態。本研究では運動量のゆらぎが抑えられた「運動量スクイーズド状態」が得られる方法を発見した。

(※3) 重力誘起エンタングルメント
エンタングルメント(量子もつれ)とは、二つ以上の量子系が強く相関し、一方の状態を測定するともう一方の状態も瞬時に決まるような量子力学特有の現象で、量子情報や量子通信の基礎となる重要な性質である。重力誘起エンタングルメントは二つの物体が重力相互作用だけで量子もつれ状態になる現象で、もし観測されれば、重力が量子的な性質を持つことを示す重要な証拠になると考えられている。

(※4)連続測定(continuous measurement)
量子系の状態を時間的に連続して測定し、その情報をもとに量子状態を推定する測定方法。量子制御や量子センシングで重要な手法。

(※5)最適フィルタリング(Wienerフィルタ)
測定データに含まれる雑音を抑えながら、対象の物理量を最も精度よく推定するための数学的手法。信号処理や制御理論でも広く用いられている。Wienerフィルタは、フーリエ空間で最適化される代表的フィルタリング手法である。

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理学研究院 山本一博 教授

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