高次元データから細胞運命の“かたち”を取り出す

~生命システムの成り立ちと破綻の予測や制御の道を拓く数理解析手法を開発~

医学研究院 / 生体防御医学研究所
前原 一満 准教授 / 大川 恭行 教授

ポイント

・単一細胞(シングルセル)解析は時系列(動き)の情報が欠落しているため、分化や発生の過程で細胞の状態が“どのように推移するか”という動的な情報は得られなかった。
・単一細胞データに含まれる微分情報をもとに、今回開発した数理解析技術ddHodge(ディーディーホッジ)を用いることで、細胞運命を支配する“場と法則”(地形と力学)を復元することに成功した。
・未知の複雑システムを大規模データから読み解く“データ駆動的理論解析”の新しい道を開拓した。生命科学に限らず、高次元ビッグデータを扱う多分野への応用基盤として期待される。

概要

生命科学研究では、単一細胞(シングルセル)解析と呼ばれる、多数の細胞を網羅的に測定する技術が急速に普及しています。一方で、シングルセル解析は侵襲的であり、一度限りの“静止画”の寄せ集めであるため、これから分化・老化・がん化する細胞がどのような運命をたどるかという、細胞状態のダイナミクス(細胞運命)を直接捉えることは困難でした。とくに、各データは異なる細胞由来の計測値であること、そして細胞状態を指定するパラメータの数が数万〜数十万と非常に多く、高次元データ特有の複雑さを持つことが動的解析を阻む大きな障壁となっていました。

今回、九州大学大学院医学研究院の前原一満准教授と生体防御医学研究所の大川恭行教授は、静止画的なデータから細胞の動的情報を従来法の100倍以上の精度かつ高速に復元できる数理解析技術ddHodgeを開発しました。

ddHodgeは、データから細胞状態変化の道のりを見いだすと同時に、それぞれの道のりの安定性や不安定性を決定づけるダイナミクスの構造(ポテンシャル地形=細胞運命の“かたち”)まで定量化できる技術です。約4.5万細胞からなるマウス胚のシングルセル遺伝子発現データにddHodgeを適用したところ、発生過程の大部分が特定のポテンシャル地形の傾斜に沿って進む勾配系のダイナミクスとして説明できることを世界で初めてデータで実証しました。またddHodgeは、高次元で複雑な細胞運命の「時」と「場所」を決定づける仕組みを解析するためのソフトウェアとして実装し、公開しました。(https://github.com/kazumits/ddHodge.jl)

本解析技術はシングルセルデータへの応用にとどまらず、生命科学・材料科学・気象データなど、より広い領域に存在する高次元ビッグデータに共通する「高次元データの形態と動態を同時に捉える」という根本課題に対し、幾何学的データ解析に基づく新たな数学的基盤を提供します。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に2025年12月29日(月)午後7時(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

ddHodgeはあまり他にないユニークな名称なので、エゴサーチしやすいことが特徴です。ホッジ分解のアナロジーをシングルセル解析に持ち込む萌芽的アイデアを記した我々のプレプリント論文(2019年)は、すでに現在様々な研究者の手により再解釈が進んでいるようです。実用化まで時間がかかりましたが、世界中の研究者たちのアイデアが混ざり合い進化していく様が観測しやすい名前を採用できた点は幸いでした。(前原一満)

詳細

本件の詳細についてはこちら

お問い合わせ先

生体防御医学研究所 大川恭行 教授

世界初、酸素に耐える乳酸菌が「脳の健康成分」プラズマローゲンを生産

小笠原に回遊するアオウミガメのプラスチック汚染の実態を解明

関連記事

  1. 地震計データから読み解くコロナ禍による経済・余暇…

    ~地震観測以外の新しい活用~ポイント・地震計データから季節や曜日…

  2. 世界に先駆けてリアルな「3Dデジタル生物標本」を…

    ~メタバースやバーチャルリアリティに誰でも利用可~ポイント・生物…

  3. 特別に計算された四面体で綺麗に回り続ける新しいカ…

    現代数学と折紙から生まれた新しい機構「メビウス・カライドサイクル」(特許取得…

  4. 【3/19オンライン開催】令和5年度 九州大学D…

    ~「他大学と連携した高度ICT活用教育の推進」を開催します~九州大学…

  5. 令和4年度第11回I²CNER Webinar

    令和4年度第11回I²CNER Webinarカーボンニュートラル・…

  6. AIが「理想の主翼」を自律設計、計算コスト1/1…

    ―水素・アンモニア燃料機など脱炭素機の開発加速に期待―工学研究院下山…

  7. ヘテロナノグラフェン構造を用いた高効率・狭帯域青…

    〜 有機EL材料への実用化を目指す 〜 茨城大学の吾郷友宏准教授、九…

  8. 体内時計が安定して機能するメカニズムを新たに提案…

    ~体積変化が温度変化の影響を相殺している可能性~ポイント・体内時…