~がん悪性化の因子を突き止め、新しい治療標的の開発に道~
医学研究院
小川 佳宏 主幹教授 / 藤森 尚 講師
ポイント
・悪性度の高い膵がんで発現する膜タンパク質「EMP1」を同定
・EMP1の高発現が膵がんの進行や転移を促すことを証明
・EMP1を標的とした新しい膵がん治療法の開発につながる可能性
概要
膵がんは診断時点で遠隔転移を有することが多く、5年生存率が10%台と極めて予後不良な難治性がんです。その背景には、がんの生物学的性質が多様であることや、治療薬に対する反応の個人差が大きいことが挙げられます。これにより、個々の患者さんにおける治療効果を事前に正確に予測することが難しく、最適な治療選択を行う上で大きな課題となっています。
九州大学大学院医学研究院病態制御内科学の小川佳宏主幹教授、藤森尚講師、大野彰久⼤学院⽣(研究当時)らの研究グループは、同大学院医学研究院形態機能病理学の小田義直教授、東京科学大学制がんストラテジー研究室の中山敬一特別栄誉教授らとの共同研究により、膵がんの悪性化を促進する膜タンパク質(=細胞膜に存在するタンパク質)として「EMP1(Epithelial membrane protein 1)」※1を新たに同定し、その役割を明らかにしました。本研究では、患者由来オルガノイド(PDO)※2・KPCマウス※3膵がん細胞株・ヒト膵がん細胞株・TCGAデータベース※4を用いて、EMP1が悪性度の高い“basal-like型”膵がんにおいて高発現し、その発現を欠失させることにより、がんの増殖・浸潤・転移・薬剤耐性が有意に低下することを突き止めました。さらにKPCマウスとTCGAデータベースにおける網羅的遺伝子発現解析※5により、EMP1高発現群ではがんの悪性進展に関わるERK経路※6や上皮間葉転換(EMT)※7に関わるシグナルが活性化していることが判明しました。このように、EMP1は膵がんの予後不良サブタイプ※8である“basal-like型”の維持や悪性化に関わる重要な因子であり、治療標的分子としての有用性が期待されます(図1)。
本研究結果は、Nature Publishing Groupの科学雑誌「Oncogene」誌に2025年12月8日午前0時(日本時間)に掲載されました。
本研究者からひとこと
膵がんにおけるEMP1の機能はこれまで不明でしたが、私たちの研究により膵がんの悪性化に関与する重要な遺伝子であることが分かってきました。がんの形質転換・増殖・転移・薬剤耐性という複数の課題に関与しており、今後の新規治療標的として期待されます。
用語解説
(※1) EMP1(Epithelial membrane protein 1)
細胞膜に存在する4回膜貫通型タンパク質である。がんの進展や浸潤、EMT、薬剤耐性に関与する。
(※2) 患者由来オルガノイド(PDO)
患者さんのがん組織から樹立される三次元培養系。臓器や腫瘍の構造や性質を再現する「ミニ臓器」とも呼ばれ、従来の平面培養(2D)よりも生体に近い環境での研究が可能。がん研究だけでなく、創薬、薬剤感受性試験、個別化医療、再生医療など幅広い応用が期待されている。
(※3) KPCマウス
膵がん研究で広く用いられる遺伝子改変マウス。膵臓にKras遺伝子変異とTrp53遺伝子の不活化を導入することで、ヒトの膵がんに類似した進行性の腫瘍を自然発生させることができる。がんの発症・転移過程や治療効果の検証に用いられる。
(※4) TCGAデータベース
The Cancer Genome Atlas(TCGA)の略。米国で構築された大規模ながんゲノム情報の公開データベース。膵がんを含む多くのがん種について、遺伝子発現や変異、予後などの解析に広く利用されている。
(※5) 網羅的遺伝子発現解析
RNA-seqやマイクロアレイなどの手法を用いて、細胞内の数万種類の遺伝子の発現量を一度に測定する技術。遺伝子の発現パターンから、がんのサブタイプ分類、予後予測、シグナル経路の活性状態などを解析できる。
(※6) ERK経路
細胞の増殖、分化、生存を制御するMAPK経路の一部。膵がんではKRAS遺伝子の変異によりこの経路が恒常的に活性化していることが多く、がんの進行や薬剤抵抗性の獲得に深く関与している。
(※7)上皮間葉転換(EMT)
Epithelial-Mesenchymal Transitionの略。がん細胞が上皮型から間葉型へと性質を変えることで、移動性や浸潤性、薬剤抵抗性を獲得する現象。転移の初期段階において重要な役割を果たす。
(※8) サブタイプ
がんを、形態や臨床経過だけでなく、遺伝子やタンパク質の発現パターンによって分類したもの。膵がんでは、“classical型” “basal-like型” “squamous型”などの分子サブタイプが知られており、それぞれ治療反応性や予後が異なる。また、より広義な用法として、悪性度が低いものに“classical型”、悪性度が高いものに“basal-like型”という表現が幅広く使われている。
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