〜分極の大きさ・極性制御により環境発電素子などへの応用に期待〜
ポイント
・有機自発配向分極薄膜の任意な極性制御に成功
・±100 mV nm‒1以上に達する巨大表面電位を実現
・有機EL素子の低消費電力化や、高性能振動発電素子の実現に期待
概要
近年、ある種の有機半導体分子が、非晶質(アモルファス)薄膜中でも分子配向を示すことや、分子の永久双極子モーメント(PDM)が “自発的”に配向(自発配向分極)*1 することで、巨大な表面電位(GSP)が発生することが報告され、注目されています。しかし、報告されている有機分子の多くは、不思議なことに“正”のGSPを示し、“負”のGSPを示す有機半導体分子は極めて稀でした。GSPを示す有機薄膜は、有機半導体デバイスの特性に大きく影響するだけでなく、環境発電技術の一つである振動発電デバイス用のエレクトレット材料*2 としても利用できます。そのため、有機アモルファス薄膜における自発配向分極のメカニズムを理解するとともに、GSPの大きさや極性を自在に制御することは、将来の脱炭素社会の実現に向けても重要な課題となっています。
今回、田中 正樹 博士(現 東京農工大学 助教)、Morgan Auffray 博士(当時 九州大学)、中野谷 一 准教授(九州大学)、安達 千波矢 主幹教授(九州大学)の研究グループは、分子デザインの観点から、(1)分子内PDMの配向、(2)薄膜表面における分子の運動エネルギー、(3)分子の表面自由エネルギーを制御することで、GSPの大きさだけでなく、その極性をも任意に制御された有機自発配向分極薄膜の作製に成功しました。開発した有機分子を用いた有機自発配向分極膜は、100 nmの膜厚で±10 V以上のGSPを示しました(GSPスロープ:±100 mV nm–1以上に対応)。これは膜厚1μmの場合、GSPが±100 V以上に達することを意味し、実用化されているエレクトレット材料の性能に匹敵または凌駕する値です。
本研究の一部は、文部科学省「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」、科研費(JP21K19010)、放送文化基金の支援を受けて実施されました。本研究の成果は2022年5月31日(日本時間)に、英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン版で公開されました。
用語解説
(※1) 自発配向分極
真空蒸着の過程で、分子のPDMが膜厚方向に向きを揃えて配向することで、薄膜の成長方向に大きな分極を形成します。その際に生じる表面電位は、巨大表面電位(giant surface potential: GSP)と呼ばれます。GSPは蒸着膜の膜厚に比例すること、蒸着基板にほとんど依存しないことなどが特徴です。これまで有機EL素子で用いられるような分子が自発配向分極を示すことが報告されてきましたが、意図的な制御を可能にする分子設計の開発が課題とされていました。
(※2) エレクトレット
半永久的に分極を保持する物質のことで、静電誘導型の振動発電デバイスに用いられます。振動発電の発電出力の最大値は、エレクトレット材料の表面電荷密度の二乗に比例することが知られています。従来は荷電処理を施した高分子膜などが用いられてきましたが、自発配向分極を発現する有機アモルファス膜は、荷電処理を必要としない自己組織化エレクトレット材料として利用できることが報告されています(参考文献:Yuya Tanaka, Noritaka Matsuura, Hisao Ishii, Scientific Reports 10, 6648, 2020)。
詳細
九州大学プレスリリースをご参照ください。