ありふれた元素から次世代スピントロニクス材料を創出!
工学研究院
吉年規治 准教授
ポイント
・鉄(Fe)、クロム(Cr)、硫黄(S)からなる非平衡相(ピロータイト型構造(注1))において、熱処理(焼き入れ)温度を最適化することで不純物のない「単相」の合成に成功しました。
・1323 K(約1050 ℃)から急冷した試料において、極めて大きな磁気保磁力(注2)(38 kOe)が観測されました。
・鉄とクロムから構成される副格子磁化の大きさが相殺する「補償型フェリ磁性体(注3)」で、片方のスピンのみが電気を流す「ハーフメタル型電子状態(注4)」を両立していることが第一原理計算の結果から示唆され、次世代の超高密度・超高速スピントロニクスデバイス(注5)の基盤材料として期待がもたれます。
概要
本研究は、ありふれた元素のみで構成され、次世代スピントロニクスへの応用が期待される「ハーフメタル補償型フェリ磁性体」の創出に向け、鉄・クロム硫化物((Cr,Fe)7S8)の製造プロセスの最適化に挑んだ成果です。
東北大学金属材料研究所の梅津理恵教授らの研究グループは、熱処理条件を検討した結果、1323 K以上から急冷することで不純物の析出を完全に抑えた準安定相を得ることに成功しました(図1、図2)。急冷温度を変えることで結晶内の原子空孔の規則度を制御でき、それに伴い磁化が相殺する「磁化補償温度」をチューニングすることが可能です。特に1323 Kから急冷して得た試料は、5 Kにおいて38 kOeという極めて巨大な保磁力を示しました(図3)。さらに第一原理計算により、本物質が高いスピン分極率を持つハーフメタル型電子状態を有していることが示唆され、漏れ磁場のない超高密度・高速デバイスの基盤材料として極めて有望であることを明らかにしました。本成果は、2026年8月4日(現地時間)に学術誌Smallにオンライン掲載されました。
なお本成果は、島根大学材料エネルギー学部(東北大学金属材料研究所クロスアポイント)の千星聡教授、九州大学大学院工学研究院の吉年規治准教授、国立研究開発法人海洋研究開発機構の真砂啓技術副主幹と川人洋介上席研究員、国立研究開発法人産業技術総合研究所の福島鉄也研究チーム長、大阪大学大学院工学研究科・株式会社アカデメイアの赤井久純 大阪大学名誉教授との共同研究によるものです。
用語解説
注1. ピロータイト型構造
自然界では「磁硫鉄鉱(じりゅうてっこう)」として知られる、硫化鉄をベースとした結晶構造の一種。結晶を構成する原子の並びの中に、規則正しく「原子の隙間(空孔)」が存在することが大きな特徴である。
注2. 保磁力
磁石の「磁化の反転しにくさ」、つまり記録された磁気情報の「消えにくさ(強固さ)」を表す指標。本研究の1323 K急冷試料が示した「38 kOe(キロエルステッド)」という値は巨大で、外部の強力な磁場やノイズにさらされても情報が破壊されない極めて高い安定性を持つことを意味する。
注3. フェリ磁性体、補償型フェリ磁性体
フェリ磁性体とは、物質の内部に「上向き」と「下向き」の異なる大きさのナノ磁石(磁気モーメント)が交互に並んでいる磁性体をいう。フェリ磁性体のうち、特定の温度や組成において、上向きと下向きのナノ磁石の強さが完全に釣り合い、物質全体としての磁気(マクロな磁化)がゼロになった状態(または物質)、もしくはそのような特徴を持つ磁性体を補償型フェリ磁性体という。フェリ磁性体は、磁石としての「漏れ磁場」が一切出ないため、超高密度に素子を敷き詰めても隣同士で磁気的な干渉(誤作動)を起こさないという強みがある。
注4. ハーフメタル型電子状態
電気を流す電子の「上向きスピン」と「下向きスピン」のうち、片方のスピンにとっては電気をよく通す「金属」、もう片方にとっては「絶縁体(または半導体)」として振る舞う、極めて特殊な電子のエネルギー状態。流れる電流のスピンが100%片方に揃う(完全スピン極性を持つ)ため、スピントロニクスデバイスの性能を極限まで高めることができる。
注5. スピントロニクス
電子が持つ「電気的な性質(電荷)」と「磁石としての性質(スピン)」の両方を同時に工学的に利用する次世代の技術分野。従来の半導体技術に比べて圧倒的に省電力で、電源を切ってもデータが消えない超高速なMRAM(磁気抵抗メモリ)などの実現に不可欠な技術として注目されている。
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