細胞膜の急速な拡大を可能にする新たなメカニズムを解明

膜タンパク質を一時的に格納する細胞膜構造が細胞運動を支える

医学研究院
池ノ内順一 教授

ポイント

・細胞膜が急速に膨らむ際、その根元に新たな膜陥入構造(Sub-bleb invagination; SBI)が形成されることを初めて発見
・Caveolin-1やPiezo1(※1)など、特定の曲率を好む膜タンパク質がこの構造に選択的に集積することを解明
・タンパク質の過剰蓄積が膜拡大を阻害し、細胞運動を抑制することを示し、がん細胞の浸潤・転移や免疫細胞の移動の理解につながる新たな分子基盤を提示

概要

 細胞が移動する際には、細胞膜が数秒程度で急速に広がる「ブレブ(※2)」と呼ばれる膨らみが形成されます。この現象は、免疫細胞が体内を移動する過程や、がん細胞が組織内を浸潤・転移する際にも利用される重要な細胞運動様式です。しかし、細胞膜は通常わずか2〜3%程度しか伸びることができず、このような急激な膜の拡大がどのように実現されているのかは長年の未解決問題でした。
 九州大学大学院医学研究院生化学分野の池ノ内順一教授、システム生命科学府博士課程学生の前川悠輝と、東京大学大学院医学研究科分子生物学分野の水島昇教授、吉井紗織助教らの研究グループは、ブレブ形成時に細胞膜の根元で新たな膜陥入構造(Sub-bleb invagination; SBI)が形成されることを発見しました。さらに、この構造が膜の曲率に応じてCaveolin-1やPiezo1といった特定の膜タンパク質を一時的に格納する役割を持つことを明らかにしました。この仕組みにより、膜の拡張に適さない膜タンパク質が膨らんでいく膜領域から排除され、細胞膜が破綻することなく効率的に広がることが可能になります。さらに本研究では、このようなタンパク質の再配置機構が破綻すると、ブレブ形成が抑制され、細胞の移動能力が低下することも示されました。これは、膜タンパク質の空間配置が細胞運動の成立そのものに直結していることを示す重要な知見です。本研究成果は、細胞がどのようにして急速な形態変化を可能にしているのかという基本原理を明らかにするとともに、がん細胞の浸潤・転移や免疫細胞の機能など、細胞運動に依存するさまざまな生命現象の理解に新たな視点を提供するものです。将来的には、細胞運動を標的とした新たな治療戦略の開発にもつながることが期待されます。
 本研究成果は米国科学アカデミー紀要(PNAS)に2026年5月20日(水)(現地時間)に公開されました。

研究者からひとこと

この研究では、膜曲率に依存した膜タンパク質の再配置が、膜変形そのものを成立させていることを示しました。これは、膜力学と分子配置を統合的に理解する新しい視点になると期待しています。(大学院医学研究院 池ノ内順一)

用語解説

(※1) Piezo1
細胞膜に存在し、膜の変形や力(機械刺激)を感知するタンパク質(機械受容チャネル)です。細胞膜が押されたり引き伸ばされたりすると開いて、カルシウムイオンなどを細胞内に取り込み、外からの刺激を細胞内に伝える働きを持ちます。Piezo1は膜の「曲がり方」に対する好み(膜曲率選好性)を持っており、特定の形状の膜に集まりやすい性質があります。本研究では、この性質が変化すると、Piezo1が細胞膜上のどこに分布するかが変わることが示されました。

(※2) ブレブ
細胞膜が一時的に外側へ膨らむ現象です。アポトーシス(細胞死)や細胞分裂の際に受動的に形成されるだけでなく、がん細胞や免疫細胞では、細胞が移動するために能動的に形成されます。このようなブレブを利用した運動は、組織内での移動や浸潤に重要な役割を果たします。

詳細

本件の詳細についてはこちら

お問い合わせ先

医学研究院 池ノ内 順一 教授

肝性脳症の早期段階に新たな治療戦略

原子時計は「時間」の重ね合わせを明らかにできるのか?

関連記事

  1. 【8/31~9/6開催】第21回 市民公開講座「…

    ~「新時代の子育てを考える~変わる社会、変わらない母と子の絆~」~九州大…

  2. [6/19開催]九州大学筑紫地区地域連携推進チー…

    テーマは「プラズマ」、講師は林 信哉 教授(総合理工学研究院)です…

  3. NF155抗体「ヤマサ」EIA、CNTN1抗体「…

    九州大学とヤマサ醤油株式会社 診断薬事業部による産学連携の成果九州大学(…

  4. モンゴル国立医科大学との大学間交流協定締結の調印…

    2024年8月19日に石橋総長を筆頭とする訪問団がモンゴル国立医科大学を訪問…

  5. 急性肝障害はどのような人が急性肝不全に進展しやす…

    AI技術を駆使した新たな分類と予測医学研究院小川 佳宏 主幹教授…

  6. コレステロールが上⽪バリアの形成に必須であること…

    〜慢性炎症に対する新たな治療法の開発に期待〜ポイント・消化管や⽪…

  7. THEサステナビリティ・インパクト・レーティング…

    -九州大学は「SDG9イノベーション」で世界26位―6月24日(…

  8. 《6/11開催》第190回アジア・オセアニア研究…

    原田 祐希 助教(熊本大学 半導体・デジタル研究教育機構 化血研寄附講座)…