コピーできない量子情報を“暗号化して複製”:量子技術の根本的制約を矛盾なく乗り越える新手法

~量子複製禁止定理と矛盾しない“暗号化クローン”生成プロトコルの開発に成功~

システム情報科学研究院
山口 幸司 特任助教

ポイント

・量子情報は複製できないため、安全なバックアップや冗長化が困難だった。
・本研究では、量子状態の“暗号化クローン”を複数生成し、量子的な鍵を用いて任意に選んだいずれか一つのクローンを復号できるプロトコルを構築した。
・量子情報の安全な多重保存を可能にし、量子クラウドストレージなどへの応用が期待される。

概要

量子情報は、古典情報とは異なり完全には複製できないという「量子複製禁止定理(※1)」に従います。この制約のため、量子データを安全にバックアップしたり、多重に保存して耐故障性を確保したりすることが困難であり、量子通信・量子計算・量子クラウド技術の発展における大きな障壁の一つとなっていました。その一方で、この制約と矛盾せずに量子情報を複数の複製として冗長化する方法はこれまで知られておらず、その解明が強く求められていました。

本研究では、量子複製禁止定理と整合したまま量子情報の“暗号化クローン”を複数生成し、これらのクローンのうちの任意に選んだ一つから元の情報を復元できる新しいプロトコルを構築しました。特に、通常は“ノイズ”となりうる量子的ゆらぎを意図的に導入し、それと量子的に結びついた補助系を「鍵」として復元に利用する構造により、複製禁止定理に反さずに冗長化を実現した点に特徴があります。

九州大学大学院システム情報科学研究院の山口幸司特任助教は、University of Waterloo の Achim Kempf 教授と共同で、複数のベル対(※2)を用いた新しいプロトコルにより、量子情報の「暗号化された複製」を任意数作成できること、さらに補助量子系を用いてそのうちの任意の一つを完全に復号できることを理論的に示しました。

本成果は、量子情報を安全に多重化して保存するための新しい基盤を与えるものであり、量子クラウドストレージや量子ネットワークの耐故障性向上などへの応用が期待されます。また、将来的には量子データの分散管理や安全な量子クラウド技術の開発など、多様な量子情報インフラへの展開が見込まれます。

本研究成果はアメリカの雑誌「Physical Review Letters」に2026年1月6日(火)付で掲載されました。さらに、本論文は同誌の“PRL Editors’ Suggestion”に選出されました。Editors’ Suggestion は、PRL 掲載論文のうち約6本に1本のみが選ばれる特別な称号で、編集部が特に重要かつ興味深いと評価した論文に与えられます。

研究者からひとこと

科学技術では、ノイズは普通“邪魔者”として扱われます。しかし今回の研究では、そのノイズをあえて加えることで、情報を外から見えなくする暗号化を実現し、複製禁止定理に抵触しない“暗号化クローン”を作ることができました。さらに、そのノイズと量子的につながった「鍵」を使うことで、必要なときに元の量子情報を完全に取り出すことができます。コントロール可能な形でノイズを使うことで“邪魔者”を味方に付けるという、少し意外な発想から生まれた成果だと思っています。 (山口幸司)

用語解説

(※1) 量子複製禁止定理(no-cloning theorem)
量子情報(未知の量子状態)を完全に複製する操作は、量子力学の基本原理(とくにユニタリ性)と矛盾するため不可能であることを示す定理。この性質は、量子暗号の安全性の基盤となる一方で、量子通信や量子計算の設計における重要な制約にもなっている。

(※2) ベル対(Bell pair)
量子情報の最小単位である「量子ビット」が二つ組になり、最大限にエンタングルした(量子的に強く結びついた)状態のことをいう。このとき、それぞれの量子ビットは単独で見ると強い量子的なゆらぎをもつが、二つの量子ビットのゆらぎは互いに強く相関している。

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