流体の「すべり」現象を正確に捉える新規計測法
工学研究院
手嶋秀彰 准教授
ポイント
・水は撥水(はっすい)面(※1)上をすべると考えられていたが、これまでの実験結果は大きくばらついており、シミュレーション結果とも一致しなかった。
・周波数変調型原子間力顕微鏡(FM-AFM) (※2)を基にして、水のすべりやすさを表す「すべり長さ(※3)」と表面構造を同時にマッピングできる新規手法を開発した。これによって、すべり長さを信頼性の高い物性値として取り扱えるようになった。
・水は撥水面上をすべらないというシミュレーションと良好に一致する結果が得られた。
・海水淡水化膜、冷却デバイス、環境発電装置などの表面設計への応用が期待できる。
概要
近年のナノテクノロジーの発展に伴い、固体面上で液体が水平方向に速度をもつ「すべり」現象が実験的に確認されつつあり、海水淡水化膜、冷却デバイス、環境発電装置など幅広い分野への応用が期待されています。これまで、濡れにくい撥水面では水がよくすべると考えられてきましたが、実験結果はばらつきが大きく、またシミュレーション結果とも一致していませんでした。そのため、「本当に水は撥水面をすべるのか?」というシンプルな問いに明確な答えが得られていませんでした。
今回、九州大学大学院工学府の石田遥也さん、同大学院工学研究院の手嶋秀彰准教授、高橋厚史教授とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のVishwanath Ganesan博士とNenad Miljkovic教授らの研究グループは、固体面の濡れやすさによらず、水はほとんどすべらないことを実験的に明らかにしました。
研究グループは、周波数変調型原子間力顕微鏡(FM-AFM)を用いて、水のすべりやすさを表す「すべり長さ」と固体面の微細構造を同時にナノメートル精度でマッピングできる新しい手法を開発し、既存手法の159倍の感度を実現しました。この方法でさまざまな固体面を調べた結果、水のすべり長さは濡れ性によらずほぼゼロであることが分かりました。一方、グラファイト(※4)のみ純水中に限って43.2±5.8ナノメートルの大きなすべりが見られましたが、電解質水溶液(※5)中ではそのすべりもほぼ消失しました。これらの実験結果はこれまでのシミュレーションによる報告と全て一致しており、本手法の計測精度の高さを裏付けています。
今回の成果は、これまでの実験で報告されてきた撥水面上の大きなすべりの原因が表面の微細な凹凸やナノバブル(※6)による「見かけのすべり」だった可能性を示すものです。固体と液体の摩擦を正しく理解する基盤となるだけでなく、今後の海水淡水化膜や環境発電などの表面設計を進めるための指針になることが期待されます。
本研究成果は国際学術誌「Nano Letters」に2026年5月15日(金)(日本時間)に掲載されました。
研究者からひとこと
本研究成果によって、すべり長さをこれまでにない正確さで測れるようになりました。今後はこの手法を、シミュレーションによる解析が難しい複雑な固液界面系に適用することで、まだまだ謎が多い流体力学の難問「すべり現象」を実験的に解明します。 (手嶋秀彰)
用語解説
(※1) 撥水面
・・・水を弾きやすい表面のこと。一般に、水滴を置いた際の気液界面と固液界面との成す角(接触角)が90 より大きい面を指し、逆に90 より小さければ親水面と呼びます。
(※2) 周波数変調型原子間力顕微鏡(FM-AFM)
・・・AFMは非常に細い探針を使って、表面形状や表面近くで働く力を測る装置。FMと呼ばれるモードは非常に高感度であり、微小な力も精度良く計測できます。
(※3) すべり長さ
・・・液体が固体表面でどれだけすべりやすいかを表す指標。値が大きいほど、表面との摩擦が小さく流体がよくすべることを意味します。
(※4) グラファイト
・・・炭素原子がハニカム状に規則正しく並んだ材料。今回の研究では、他の材料には見られない比較的大きなすべりが純水中で確認されました。
(※5) 電解質水溶液
・・・塩などが溶けてイオンを含む水溶液のこと。今回の研究では、電解質水溶液中ではグラファイト表面での水のすべりがほぼ無くなることが分かりました。
(※6) ナノバブル
・・・表面や液体中に存在する極めて小さな気泡。固体面上にナノバブルがあると、すべり長さを過大に見積もってしまう原因になることがあります。
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