保存則のもとでの量子操作の原理的制約に対する未解決問題を解決

 ~ 量子デバイスへの応用に期待 ~

ポイント

・エネルギー保存則や運動量保存則のような保存則の下で、保存する物理量と同時測定不能な物理量の厳密な測定は実装不能であることを主張するWigner-Araki-Yanase(WAY)定理を、Yanase条件と呼ばれる条件の下で、非有界な保存量の場合に拡張した。
・非有界な保存量に対するWAY定理は、例えば運動量が保存する場合に位置単体の厳密な測定が不可能であることを示すため、物理的に重要な意味を持つ。
・この結果は、WAY定理が1960年に成立して以来、60年以上未解決だった問題の、一つの解決を意味する。
・さらに、ユニタリ操作についても非有界な保存量に対する同様のWAY型の定理を証明した。これらの結果は、量子センシングや量子計算などの量子技術への応用が期待できる。

概要

 保存則(※1)などの普遍的な物理法則が量子測定(※2)などの量子操作に与える原理的な制約について様々な観点から研究がされて来ました。こうした研究の中で重要なものの一つに、有界(※3)な保存量についての保存則による量子測定に対する普遍的な制限を与えるWigner-Araki-Yanase(WAY)定理(※4)があります。この定理は、もしも運動量やエネルギーを含む非有界(※3)な保存量に対して成立すれば、粒子の位置の測定について、位置と運動量の同時測定はHeisenbergの不確定性関係(※5)により不可能であるというよく知られた事実とは別に、運動量が保存する場合の位置単体の誤差のない測定が不可能であることを予言します。しかしながら数学的な難しさから、WAY定理がこのような非有界な保存量に対して成立するのかはその登場以来、未解決の問題となっていました。
 今回の研究で、九州大学の倉持結助教と電気通信大学の田島裕康助教(兼任:JSTさきがけ)のグループは WAY定理が運動量やエネルギーを含む一般の非有界な保存量に対しても成り立つことを、Yanase条件と呼ばれる仮定のもとで数学的に厳密に証明しました。さらに、量子測定とは別にユニタリ操作(※6)と呼ばれる量子操作のクラスについて、保存量と非可換な場合には実装することが非有界性に伴う例外的な場合を除き実装不可能であると主張するWAY型の定理も類似の手法を用いることで証明しました。今回の発見は量子センシングや量子計算、量子鍵配送などに用いられる量子情報技術の開発に新たな知見をもたらすことが期待されます。
 本研究成果は米国物理学会の雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に、日本時間2023年11月22日(水)に掲載されました。

用語解説

(※1) 保存則
ある物理量の全系での合計値が保存する(時間変化しない)ことを主張する物理法則。エネルギーや運動量が保存する物理量の代表例であり、それぞれ物理法則が時間並進および空間並進に対して不変であるという対称性から導かれる。
(※2) 量子測定
量子系に対する測定。系を破壊せずに測定が可能な古典系と異なり、量子系においては意味のある情報が得られる測定には必ず測定による量子系への反作用が伴う。また、量子力学的粒子の位置と運動量などの非可換な物理量の組を同時に測定することは不可能であり、古典系では自明であった測定の概念が量子系においては非自明となる。
(※3) 有界な物理量と非有界な物理量
有界な物理量とは取りうる値の範囲が有限な物理量のこといい、非有界な物理量とは取り得る値の上限または下限が無限大であるような物理量のことをいう。例えば粒子のスピンはある定まった有限個の離散的な値のみを取り得るので有界であり、粒子の位置や運動量、エネルギーといった物理量は非有界である。数学的には量子系の非有界な物理量は無限次元ヒルベルト空間上の非有界自己共役作用素と呼ばれる無限次元版の行列として記述され、有界作用素とは異なった繊細な取り扱いを要求される。この数学的困難から、量子情報理論においては有限次元系または無限次元系でも有界作用素に議論の対象を限定することが多い。
(※4) Wigner-Araki-Yanase定理(WAY定理)
量子系と測定系(測定器)との間で、ある物理量の保存則が成り立つ場合、その保存量と非可換な物理量の誤差のない測定(射影測定)を実現することができないことを主張する定理。Wignerが特殊な系(二準位系)で成り立つことを発見し、後にArakiとYanaseによって一般の物理系において―ただし有界な保存量に対して―成り立つことが証明された。本研究ではこのWAY定理のあるヴァリエーションについて非有界な保存量がある場合に関する証明を与えた。
(※5) Heisenbergの不確定性関係
量子力学的粒子の位置と運動量は同時に確定した値を取ることが不可能であることを示す関係式。これは数学的には位置と運動量に対応する演算子が交換しないことから来る量子論特有の現象である。この関係式はHeisenbergによって1925年に初めて導入された後、様々な一般化やヴァリエーションが得られおり、その内容の解釈について現在でも盛んに議論がされている。
(※6) ユニタリ操作
ユニタリ演算子で表されるような量子操作のクラスであり、主に閉じた量子系の状態変化を記述する。例えば、大学学部の量子力学で習う時間に依存するSchrödinger方程式による時間発展はユニタリ操作とみなすこともできる。量子計算などの量子プロトコルにおいては基本的なユニタリ操作を組み合わせて量子操作を行うという形になっているものが多く、そのため量子プロトコルの現実における実装においてはユニタリ操作をいかに誤差なく実現できるかが重要となる。

詳細

詳細はプレスリリースをご参照ください。

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