〜多様な輸送網のデジタル化、定量化、構造探索に期待〜
ポイント
・植物個体内の⽔や光合成産物の輸送に重要な役割を果たす葉脈の「かたち」の多様性と規則性を明らかにすることは植物科学の重要課題の⼀つ。
・葉脈を輸送ネットワークとして定量化するための⼿法を新たに開発。これにより葉脈の多様性と規則性をデータに基づき特定。
・今後の網状のネットワーク構造を対象とした多様な分野での解析基盤となることが期待。
概要
植物の葉脈は水や光合成産物の輸送に関わるネットワーク状の構造です。この葉脈の「かたち」は、透水性や蒸散効率、食害などの損傷に対する耐性(ロバスト性)など様々な機能的な要請により規則的でありながらも多様なパターンを示します。しかし、これまでの研究では、長さ、直径、分岐角度などの単純な計測値に基づく評価がほとんどでした。そのため葉脈を輸送ネットワークとして捉え定量的に評価するためのフェノタイピング(表現型計測)(※1)手法が求められています。
本研究では、画像解析と深層学習、形態測定を組み合わせることで階層的で複雑な葉脈の「かたち」を特徴づける簡便かつ高効率なフェノタイピング手法を開発し、葉脈の「かたち」の多様性と規則性を定量的なデータ解析により発見しました。
九州大学大学院システム生命科学府⼀貫制博士課程2年の岩政公平氏、理学研究院の野下浩司助教らの研究グループは、5種479枚の葉標本と国⽴科学博物館葉脈標本データベースに含まれる5属328 枚の染色標本を対象に、開発したフェノタイピング手法を用いた定量的な評価により、葉脈の「かたち」のデータが1次元的な分布を示し、その分布に沿ってツリー状からループ状へと遷移するという多様性と規則性を特定することに成功しました。また、この分布パターンは先⾏研究で理論的に予測された輸送効率、形成効率、損傷に対するロバスト性のいずれかを改善しようと葉脈の「かたち」を変化させると、それ以外のいずれかもしくは両方が低下するパレート最適(※2)に対応する可能性が高いことを見出しました。
本研究のアプローチは、発生生物学や医療画像解析はもちろん、バイオミメティクス、ジェネラティブデザイン、マイクロ流体工学など、ユビキタスな網状のネットワーク構造を対象とした様々な分野で同様の解析のための基盤となることが期待されます。例えば、特定の人工物に求められる機能要請からトレードオフに基づいて最適なデザインが提案できるなどが考えられます。
本研究成果は米国の雑誌「PLOS Computational Biology」に2023年7月21日(金)午前4時(日本時間)に掲載されました。
用語解説
(※1) フェノタイピング
生物の表現型(フェノタイプ)を定性的・定量的に計測・評価するための方法論や技術のこと。本研究では、葉脈全体のネットワーク構造を数値データへ変換するプロセスを指す。
(※2) パレート最適
複数の目的関数にトレードオフがあり、ある目的関数を改善すると他の目的関数が悪化してしまう状態の集合のこと。ここでは輸送効率、形成効率、損傷に対するロバスト性のいずれかを改善しようと葉脈の「かたち」を変化させると、それ以外のいずれかもしくは両方が低下する葉脈の「かたち」の集合に相当する。
詳細
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