対称性の破れを統一的に測る指標を確立

高精度な量子センシング技術への応用に期待

システム情報科学研究院
田島裕康 准教授

ポイント

・さまざまな物理現象で重要な対称性の破れを統一的に測る指標を与える包括的な理論はこれまで確立されていなかった。
・量子幾何テンソル(※1)と呼ばれる量が対称性の破れの統一的な指標になることを発見。資源としての対称性の破れを最大限効率良く変換する手順を構成し、世界で初めて統一的な定量化手法を確立。
・幅広いクラスの対称性について、その破れの程度を共通の尺度で測れるようになり、量子技術や、物理系の性質を調べる新たな解析手法としての利用が期待される。

概要

実験を行う時間を変えたり、観測する方向を変えたりしても、物理法則そのものが変わらないことがあります。このようなとき物理法則は「対称性を持つ」と言われ、これらはエネルギーや角運動量の保存といった重要な現象と深く関係しています。一方で、物理法則に対称性があっても、現実の物理系の状態はその対称性を破っていることがよくあります。このような「対称性の破れ」は、物理系の性質を特徴付ける上で重要です。さらに近年では、時刻や方向の基準を与える「資源」としての役割にも注目が集まっています。実際、時間に関する対称性を破った状態は量子時計として、回転に関する対称性を破った状態は量子ジャイロスコープとして利用することができます。しかし、こうした資源としての対称性の破れを正確に定量化し、別の状態への最適な変換の効率を決定する包括的な理論は、これまで確立されていませんでした。
 本研究では、さまざまな対称性の破れを統一的に定量化し、最大の変換効率を計算するための指標を明らかにしました。その鍵となるのが、「量子幾何テンソル」と呼ばれる幾何学的な量です。この量を用いると、ある対称性の破れを別の形に変換するときの、理論上可能な最大効率を計算できます。さらに、その最大効率を実際に達成するための変換手順も具体的に構成しました。これにより、回転対称性などを含む幅広いクラスの対称性について、対称性の破れの度合いを統一的に評価する理論を世界で初めて確立しました。
 九州大学大学院システム情報科学研究院の山口幸司特任助教(現:同客員助教兼University of Waterloo Research Assistant Professor)、田島裕康准教授、理化学研究所量子コンピュータ研究センターの三橋洋亮基礎科学特別研究員、NTT株式会社コンピュータ&データサイエンス研究所の設楽智洋研究主任の研究グループは、対称性が破れた量子状態を別の状態へ変換する問題を理論的に解析しました。その結果、量子幾何テンソルが変換効率の理論限界を定めることを証明し、その限界を達成する最適な変換手順を構成しました。
 本成果は、超高精度な量子時計や量子ジャイロスコープなどの量子センサー技術の理論基盤を与えます。また、量子熱機関を含む様々な物理過程において、状態を変えるために必要な量子資源の量を見積もる方法を提供します。幅広いクラスの対称性の破れを共通の尺度で計算できるようになったため、今後の量子技術の開発や、物理系の性質の新たな解析手法として広く利用されることが期待されます。
 本研究成果は、アメリカの科学雑誌「Physical Review X」に2026年8月5日(現地時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

自然界に現れる一見抽象的な概念に指標を導入して定量化することで、数学的に扱える形にすることは、科学の重要な役割の一つです。本研究では、さまざまな物理現象の背後にある対称性の破れに対して、統一的な指標を確立しました。幅広いクラスの対称性の破れを共通の尺度で測れるようになったことで、基礎科学と量子技術の新しい展開につながることを期待しています。(山口幸司)

用語解説

(※1) 量子幾何テンソル
量子状態が少し変化したときに、どの方向へどれだけ変わりやすいかを表す量。量子状態の空間における「距離」や「曲がり方」を記述する幾何学的な量で、これまで物性物理や量子情報の分野で研究されてきました。本研究では、この量が対称性の破れを測るよい指標として働き、量子資源としての変換効率を決めることを明らかにしました。

詳細

本件の詳細についてはこちら

お問い合わせ先

システム情報科学研究院 田島裕康 准教授

星形成ハブにおける巨大な星の誕生を促進する低密度ガス流を発見

夜に眼圧が上がる新たな仕組みを発見

関連記事

  1. 水は撥水面上をすべらないことを実証

    流体の「すべり」現象を正確に捉える新規計測法工学研究院手嶋秀彰 准教…

  2. 《3/19開催》第181回アジア・オセアニア研究…

    松島 綾美 教授(理学研究院 化学部門)九州大学アジア・オセアニア研…

  3. 数値近似解法のひとつの理論的裏付けに世界で初めて…

    数値近似解法のひとつの理論的裏付けに世界で初めて成功ポイント・修…

  4. 工学研究院のキーリーアレクサンダー竜太准教授がM…

    工学研究院 キーリーアレクサンダー竜太准教授が「Innovators Und…

  5. 《2/6-2/7開催》OIST-九大ワークショッ…

    「量子技術」「AI」をテーマに両大学の研究者が講演を行い、グループワーク形式…

  6. カオス軌道を用いた地球–月系における探査機の軌道…

    工学研究院坂東 麻衣 教授月周回有人拠点への貨物輸送や惑星探査機の軌…

  7. 小惑星リュウグウから始原的な「塩(Salt)」と…

    〜小惑星リュウグウから始原的な「塩(Salt)」と有機硫黄分子群を発見…

  8. カーボンナノリングのキーホルダー式固定化法の開発…

    〜金属イオンとの相互作用による機能性材料の創製に期待〜ポイント…