実際に受けたトラウマとは異なる状況でも恐怖を感じる仕組みを解明

~ 増加が懸念されるPTSDの新たな薬物療法の開発に期待 ~

ポイント

・PTSDの様々な症状の原因と考えられる恐怖記憶の汎化が起こるメカニズムの一端を発見。
・ミエリンの機能を回復させることで、恐怖記憶の汎化を抑制できることが明らかに。
・既存薬物の活用など、PTSDの新たな薬物療法の開発につながる可能性。

概要

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、戦争や災害、犯罪、事故など、生命を脅かすような危険な出来事の目撃や経験(トラウマ)によって引き起こされる精神疾患の一種です。PTSDの患者では、フラッシュバック (※1) やネガティブな思考・感情などにより、日常生活が大きく制約されます。PTSDについての理解は、ベトナム戦争から帰還した兵士に関する研究を出発点としており、1980年に米国精神医学会によって診断基準が初めて定められました。しかしながら、そのメカニズムには今もなお不明な点が多く、有効な薬物療法の開発が進んでいませんでした。
 九州大学大学院医学研究院の山田純講師と神野尚三教授らの研究グループは、実際に受けたトラウマとは異なる (類似した) 状況に対して恐怖や不安を感じる「恐怖記憶の汎化 (※2)」という現象に着目しました。同グループは、PTSDのモデルマウスの海馬では、恐怖記憶の汎化を示す場合において、オリゴデンドロサイト (※3) と呼ばれるグリア細胞が減少し、ミエリンの機能が低下していることを発見しました。さらに、オリゴデンドロサイトを増やす作用が報告されているパーキンソン病の治療薬 (ベンズトロピン) (※4) の投与や、特定の抑制性ニューロンの活動を制御する化学遺伝学 (※5) の手法を用いて、ミエリンの機能を回復させると、恐怖記憶の汎化が抑制され、PTSDの症状が改善する可能性があることを示しました。
 21世紀は難民の時代とも言われており、現在も世界中で戦争が続いています。また、地震や気候変動に伴う災害のリスクも高まっており、今後もPTSDの患者は増加することが懸念されています。そのため、PTSDの理解は非常に重要な課題となっています。現在、臨床で主に使用されているPTSDの心理療法であるエクスポージャーは、恐怖記憶の汎化を抑えることで治療効果を発揮すると考えられています。一方で、本研究によって、海馬のミエリンの機能を回復させることで恐怖記憶の汎化が抑制されるメカニズムが明らかになりました。今後は、ドラッグリポジショニング (※6) などを通じ、PTSDの新たな薬物療法の開発につながる可能性が期待されます。
 本研究成果は、米国神経精神薬理学会誌「Neuropsychopharmacology」に2023年6月5日に掲載されました。

用語解説

(※1) フラッシュバック
PTSDの特徴的な症状。トラウマに関連した記憶が、突然に、また鮮明に蘇ること。
(※2) 恐怖記憶の汎化
トラウマに関連する恐怖反応が、それとは異なる (類似した) 状況でも生じること。PTSDの患者では、恐怖記憶の汎化によって様々な症状が生じ、日常生活が著しく制約される。
(※3) オリゴデンドロサイトとミエリン
オリゴデンドロサイトは、ニューロンの代謝や機能の調節に関わるグリア細胞の一種。ミエリンは、オリゴデンドロサイトによって形成され、ニューロンの出力線維 (軸索) を包み、情報伝達の速度を高める機能を有する。
(※4) ベンズトロピン
パーキンソン病の治療に使われる抗コリン薬のこと。オリゴデンドロサイトの増殖を促す作用があり、多発性硬化症に対する再生治療の可能性に注目が集まっている。
(※5) 化学遺伝学
遺伝子工学的手法を用いて、DREADD (Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs) と呼ばれる人工受容体を特定の細胞に導入し、DREADDに特異的に作用する薬物を投与することで、標的細胞の活動性を制御する技術。
(※6) ドラッグリポジショニング
既に承認されていたり、開発中であったりする薬物を活用し、別の疾患の治療薬として開発する方法。新型コロナウィルス感染症のパンデミックの初期において、レムデシビル (エボラ出血熱の治療薬) や、アビガン (新型インフルエンザの治療薬) が使用され、注目を集めた。

詳細

詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。

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