網膜の血管地図を再現する数理モデル

目の病気の理解を前へ

医学系学府博士課程4年(研究当時) / 医学研究院
吉村 公太朗 / 三浦 岳 教授

ポイント

・ヒト網膜には、中心窩*1を取り囲む中心窩無血管域(FAZ*2)など、臨床的に重要な特徴構造があるが、霊長類での実験的制約から形成メカニズムの理解が遅れている。
・血管新生(VEGF*3勾配に従う頂端細胞*4運動)と、血管の足場となる網膜アストロサイト分布*5の時間発展を結合したモデルにより、ヒト網膜に特徴的な複数の血管パターンを同時に再現した。
・本モデルは、未熟児網膜症(ROP)など網膜疾患に見られる異常血管パターン形成の理解・仮説検証にも応用できる可能性がある。

概要

ヒト網膜には黄斑*6・中心窩があり、その中心には血管が存在しない領域である中心窩無血管域(FAZ)が形成されます。FAZの形状や周囲血管の配列は視機能や疾患とも関わりますが、霊長類網膜の実験的アプローチが難しいため、ヒト特有の血管構造がどのように形成されるかは十分に解明されていません。

九州大学と東京女子医科大学の共同研究グループは、血管新生と網膜アストロサイトの分布拡張を結合した数理モデルにより、FAZを含むヒト網膜に特徴的な血管パターン形成過程を説明できることを示しました。

九州大学大学院医学系学府系統解剖学分野の吉村公太朗大学院生(研究当時)とと同大学院医学研究院系統解剖学分野の三浦岳教授、東京女子医科大学眼科の飯田知弘教授と丸子一朗准教授の共同研究にて、光干渉断層血管撮影(OCTA*7)画像解析と数理モデル構築を行いました。研究グループは、血管先端の細胞がランダムウォークと化学走化性により移動し、その軌跡に血管が形成されるという仮定に基づき、本モデルを構築しました。さらに、血管形成の足場となる網膜アストロサイトが時間とともに拡張し、中心窩近傍では阻害因子の存在により網膜アストロサイトの分布が制限される、という仮定を導入しました。

この結合モデルは、視神経円板(OD*8)から放射状に拡がる血管、上下の耳側アーケード血管*9、FAZ、FAZへ向かう求心的走行、FAZ耳側で上下からかみ合うように並ぶ血管構造など、ヒト網膜で観察される複数の特徴を同時に再現しました。特に、アストロサイト分布の“拡張のタイミング”がFAZ周囲パターン形成に重要であることが示唆され、疾患(未熟児網膜症など)における異常パターン形成の理解・検証に利用できる可能性があります。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Translational Vision Science & Technology』(TVST)に2026年3月2日(月)午後10時30分(日本時間)に掲載されました。

本研究グループからひとこと

実験で追うことが難しいヒト網膜の発生過程を、数理モデルで“ビデオを再生する”ように検討できる枠組みを目指しました。アストロサイトの拡がり方が血管の“道筋”を規定するという見方は、疾患の異常パターン理解にもつながると考えます。

用語解説

(*1) 中心窩(ちゅうしんか):視野の中心に該当する網膜領域に存在する、網膜の層構造が薄くなっている領域。

(*2) 中心窩無血管域(FAZ):中心窩の周囲に形成される、血管が存在しない領域。

(*3) 血管内皮増殖因子(VEGF):低酸素環境で発現が増加し、血管新生を促進する因子。

(*4) 頂端細胞(Tip cell):血管新生の先端で伸長を先導する内皮細胞。周囲の環境(化学走化性など)に応答して移動し、血管の伸長方向を決める。

(*5) 網膜アストロサイト:神経系のグリア細胞。発生期網膜では血管伸長の足場提供や因子分泌などを通して血管形成を支える役割が示唆されている。

(*6) 黄斑:明所での視力や色覚を担う錐体細胞が高密度に存在する網膜の中心領域。

(*7) 光干渉断層血管撮影(OCTA):光干渉断層計(OCT)を応用し網膜血管など眼底の血管に特化した撮像法。OCT信号の時間変化から血流を推定し、網膜血管を非侵襲的に可視化する。

(*8) 視神経円板(OD):視神経乳頭(ONH)とも呼ばれる、視神経繊維が網膜から脳へつながる際の“出口”となっている網膜上の構造。網膜内の動静脈の“出入口”でもあり、ヒトではやや鼻側に存在する。

(*9) 耳側アーケード血管:黄斑の上下を取り囲むようにODから弓なりに伸びる血管構造。

詳細

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お問い合わせ先

医学研究院 三浦 岳 教授

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