~拡張型心筋症に伴う心不全に光明~
ポイント
・拡張型⼼筋症(※1: Dilated cardiomyopathy [DCM])は左室の収縮機能の低下と内腔の拡張を特徴とする原因不明の指定難病であり、その進⾏性の経過から本邦における左室補助装置(※2)の植え込みや⼼臓移植を必要とする重症⼼不全患者の約7 割を占める⼼筋症です。
・ナチュラルキラーT(NKT)細胞(※3)は1986 年に⾕⼝ら(現、理化学研究所)により発⾒されたリンパ球の⼀つですが、NKT 細胞の活性化によりDCM モデルマウスの左室収縮機能の経時的な増悪を防ぎ、⽣存予後が改善することを明らかにしました。
・NKT 細胞の活性化によるDCM に対する新規治療の実現により左室補助装置植え込みや⼼臓移植を回避することで、重症⼼不全患者のQOL・⽣命予後が改善することが期待されます。
概要
拡張型⼼筋症(Dilated cardiomyopathy: DCM)は左室収縮機能の低下と左室内腔の拡張を特徴とする原因不明の指定難病であり、本邦における左室補助装置の植え込みや⼼臓移植を必要とする重症⼼不全患者の約7 割を占める原因疾患です。薬物・⾮薬物療法の進歩に関わらず、DCMは進⾏性の予後不良な⼼筋症であり、新たな治療法の開発が期待されています。
本研究において、樹状細胞(Dendritic cell; DC)を担体としてNKT細胞を活性するリガンド(※4)であるスフィンゴ糖脂質・αガラクトシルセラミド(※5: α-Galactosylceramide[αGalCer])を投与する細胞療法により、DCMの左室収縮機能の低下を改善することを明らかにしました。
九州⼤学⼤学院医学研究院の池⽥昌隆助教、九州⼤学病院の井⼿友美診療准教授、九州⼤学⼤学院医学研究院の筒井裕之教授の研究グループは株式会社メディネットとの共同研究によって、ヒトから単離・培養した樹状細胞に体外でαGalCer を添加することで作製したαGalCerを含有する樹状細胞(※6, αGalCer/DC)の製造体制を構築しました。さらに本細胞製品をDCMモデルマウスに投与することで、NKT細胞を活性化することによるDCM に対する治療効果を解析しました。その結果、αGalCer/DCによるNKT細胞の活性化により左室収縮機能低下の進⾏を抑制し、⽣存予後を改善することが分かりました。さらに、本製品を投与したDCM マウスの⼼臓の遺伝⼦変動を網羅的に解析することにより、活性化されたNKT 細胞が分泌するサイトカイン(※7)であるインターフェロンγ(※8)が⼼臓の線維化を抑制し、⾎管新⽣を促進することで、左室機能の経時的な増悪を防ぐことを明らかにしました。
本邦を含む全世界で⼼不全罹患患者数は増加し続けており、⼼不全パンデミックと呼ばれる社会問題として認識されています。特に、DCM は左室補助装置の植え込みや⼼臓移植を必要とする治療抵抗性の重症⼼不全患者の7 割を占める⼼筋症です。左室補助装置の植え込みは患者のQOL を⼤きく低下させること、⼼臓移植は絶対的なドナー不⾜であることから、新たなDCM の治療法の開発は喫緊の課題です。本研究成果に基づく「NKT 細胞活性化による慢性炎症制御に基づく新たな⼼筋症治療の実⽤化」を進めることにより、DCM に伴う⼼不全に対する新たな治療法が確⽴されることが期待されます。
本研究成果は⽶国の科学誌「Circulation: Heart failure」に2022 年10 ⽉21 ⽇に掲載されました。
用語解説
(※1) 拡張型⼼筋症: ⾼⾎圧性、弁膜症、虚⾎性⼼疾患など明らかな原因が除外された左室収縮機能の低下と左室内腔の拡張を特徴とする疾患群。
(※2) 左室補助装置: ⼼臓の収縮障害により⼗分な⾎液を送り出せなくなった際の代替として植え込まれる機械式のポンプ。現在、体内植え込み型が⼀般的であるが、⼀定の合併症が不可避であり、またその駆動には外部バッテリーに接続する必要があるため、患者のQOL 低下の要因となる。
(※3) ナチュラルキラーT (NKT) 細胞: 1986 年に⾕⼝(現、理研)らにより発⾒されたT 細胞とnatural Killer (NK) 細胞の両⽅の特徴を持つリンパ球。T リンパ球、B リンパ球、NK 細胞に次ぐ第4のリンパ球とされている。⽣理的な体内でのNKT 細胞活性化の仕組みや機能は⼗分には明らかではないが、外的に投与されたスフィンゴ糖脂質であるαガラクトシルセラミド(※4)が抗原となり、NKT細胞が活性化される。
(※4) リガンド:特定のたんぱく質と特異的に結合する物質。ここでは、αガラクトシルセラミドがリガンドとして、NKT 細胞に特異的に発現するT 細胞受容体に結合することで活性化を誘導する。
(※5) αガラクトシルセラミド: キリンビール(株)の研究チームが海洋⽣物からの創薬スクリーニングで⾒出した沖縄産海綿動物由来のスフィンゴ糖脂質の⼀種。体内では樹状細胞などの抗原提⽰細胞に取り込まれ、CD1d という抗原提⽰分⼦を介して、NKT 細胞を活性化する。
(※6) αGalCer/DC: シャーレ上で樹状細胞にαガラクトシルセラミド(αGalCer)を添加することによって作製したαGalCer を含有する樹状細胞であり、αGalCer を直接投与した場合の副作⽤や反復投与による免疫不応性を克服するために開発された。樹状細胞をαガラクトシルセラミドの担体として投与することでαGalCer がNKT 細胞以外の細胞と接触することを防ぐことができる。
(※7) サイトカイン: 細胞から分泌される低分⼦のタンパク質で細胞間相互作⽤を媒介する⽣理活性物質の総称。⼀般的に免疫細胞が関係する細胞間相互作⽤を伝達する物質を指すことが多い。
(※8) インターフェロンγ: NKT 細胞が活性化に伴い分泌する代表的なサイトカイン。NKT 細胞の活性化は抗腫瘍活性を⽰すが、インターフェロンγがその作⽤を主に媒介しているとされる。
詳細
詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。