超伝導量子素子内で発生する新たなタイプのノイズを観測

~量子コンピュータの量子状態破壊機構の解明に期待~

ポイント

・量子コンピュータの実現には、量子状態を破壊するノイズの起源を解明する必要がある。
・超伝導ジョセフソン接合(※1)内に存在する水素が、超伝導体中の準粒子による干渉を誘起し、超伝導電流に対するノイズになることを初めて観測
・量子コンピュータを実現する上で鍵を握る高性能の超伝導量子素子の開発につながると期待

概要

 量子コンピュータの開発に世界中がしのぎを削っていますが、この実用化に向けた最重要課題の1つは、演算過程において量子状態をできるだけ長時間維持することにあります。何らかの原因で量子状態が破壊されると素子のエラー頻出、プログラムの複雑化など様々な問題が起こります。この量子状態を破壊する要因として素子に付着あるいは侵入した水素が誘起するノイズが指摘されていました。水素は最も存在比の高い元素である上に強い反応性や量子性を示すため、素子製造工程で混入した水素が金属表面で原子に解離、原子状水素として表面に吸着あるいは内部へ侵入し、その量子状態を破壊するノイズの要因となると考えられています。一方、その具体的なノイズ発生機構については、水素原子の持つ磁気的性質や周囲の原子と結合してできる水素化物の二準位状態に起因するノイズなどが提案されていますが、はっきりしていません。
 九州大学大学院工学研究院の河江達也准教授とサイフル・イスラム元博士課程大学院生、高田弘樹元博士課程大学院生、稲垣祐次元工学研究院助教(現岡山理科大学准教授)の研究グループは同大学院総理工研究院の橋爪健一准教授らと共同で、超伝導ジョセフソン接合に微量の水素不純物を添加した試料を用いて電流-電圧特性を詳細に調べました。その結果、ジョセフソン接合中の準粒子の干渉効果によって超伝導ジョセフソン素子を流れる電流にノイズ構造が発生することを初めて明らかにしました。
 具体的な実験内容として研究グループは、まず水素を微量添加したバナジウム金属試料からブレークジャンクション法(※2)と呼ばれる方法を用いて超伝導ジョセフソン接合を作製しました。そして、その試料の電流-電圧特性を測定し、超伝導ギャップ(※3)より大きな電圧領域でもジョセフソン電流にスパイク状のノイズが複数出現することを明らかにしました。さらに水素不純物濃度変化、温度変化、ジョセフソン接合のサイズ変化、水素位置の変化などを調べることで、このスパイク状ノイズが超伝導中の準粒子の干渉により発生していると結論付けました。この結果は素子内に不純物や欠陥が存在することでも準粒子の干渉が誘起され超伝導電流に対するノイズ源になることを示しています。現在の量子コンピュータ素子は超伝導ジョセフソン接合を有するものが主流であるため、本研究成果は素子内の量子状態を破壊するノイズ起源の解明につながると予想され、高性能の超伝導量子素子実現に向けた大きな一歩になることが期待されます。
 本研究成果は米国化学会発行の学術誌ACS Nanoのオンライン版に2022年8月26日付で公開されました。

用語解説

※1 ジョセフソン接合
超伝導体間に常伝導体からできたエネルギー障壁があり、その接合距離がきわめて薄いとき超伝導体間には超伝導電流が流れます。このような接合をジョセフソン接合と呼びます。
※2 ブレークジャンクション法
金属の細線(本研究では直径0.25mmのバナジウム線)を基板に設置し、基板を押し曲げワイヤを引き延ばすことでナノサイズの接合を作製する方法を、ブレークジャンクション法と呼びます。これを低温、高真空中で行うことで清浄な表面を持つナノ接合を作製することが出来ます。
※3 超伝導ギャップ
超伝導体ではフェルミ面付近の電子の状態密度が抑制されエネルギーギャップが生じるため、これを超伝導ギャップと呼びます。また、この超伝導ギャップは超伝導転移温度以下で現れ、温度低下とともに大きくなります。またギャップの温度変化はギャップ関数と呼ばれる関数で記述されます。

詳細

九州大学プレスリリースをご参照ください。

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