~がん免疫療法の新たな治療標的の発見~
ポイント
・TMB が高い肺がんでも、PD-1阻害薬*1に抵抗性になるメカニズムを世界で初めて解明しました。
・これまで免疫療法が効きやすいと考えられていた体細胞変異数 (Tumor mutation burden: TMB)*2 が高い肺がんの一部で、WNT/βカテ二ン経路*3が活性化されることにより、CD8 陽性細胞傷害性T細胞 (CD8 陽性CTL)*4のがん組織への浸潤が抑制されていることを明らかにしました。
・WNT/βカテ二ン経路阻害薬とPD-1阻害薬の併用により著明な治療効果が認められることを、マウスモデルにて明らかにしました。今後、肺がんの新たな治療戦略を確立するため、臨床試験に展開していくことを目指します。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区、以下国立がん研究センター)研究所/先端医療開発センターと名古屋大学、大阪大学、九州大学などの研究チームは、体細胞変異数 (Tumor mutation burden: TMB)が高い非小細胞肺がんの一部で、WNT/βカテ二ン経路の活性化がPD-1阻害薬の治療抵抗性に関与していることを明らかにしました。今後、肺がんの新たな治療戦略を確立するため、臨床試験に展開していくことを目指します。
免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法は、日本においては2014年に悪性黒色腫で保険適用されて以降、肺がんを含む様々ながん種の治療に用いられていますが、治療効果の認められる患者さんが2~3割と少ないことから、治療抵抗性メカニズムの解明とそれに基づく新たな治療法の開発が求められています。
本研究では、TMBが高く非自己抗原が豊富な非小細胞肺がんの網羅的な遺伝子発現および免疫解析から、TMBが高いにも関わらず免疫細胞浸潤に乏しい肺がんの一群を発見しました。このような肺がんでは、血中にがん細胞を認識するCD8陽性細胞傷害性T細胞(CD8陽性CTL)が多数存在するにも関わらず、肺がん組織内には浸潤できないことが明らかになりました。また遺伝子発現解析の結果、WNT/βカテ二ン経路が活性化することでCCL4*5の発現が低下し、CTL浸潤が抑制されていることを解明しました。
さらに、PD-1阻害薬の単剤療法では効果が認められないものの、WNT/βカテ二ン経路阻害薬を併用することで、がん組織内にCD8陽性CTLの浸潤が回復し著明な治療効果が認められることを、マウスモデルにて明らかにしました。
本研究は、国立研究開発法人国立がん研究センター 研究所 腫瘍免疫研究分野/先端医療開発センター 免疫TR分野 西川博嘉 分野長(名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学 教授併任)と、大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学分野 熊ノ郷 淳 教授、九州大学大学院医学研究院 泌尿器科学分野 江藤正俊 教授、種子島時祥 医師らの研究チームで実施しました。また、研究の一部は小野薬品工業株式会社との共同研究として実施されました。
なお本研究成果は、米国科学雑誌「Science Immunology」に、日本時間2021年11月13日付けで掲載されました。
用語解説
*1 PD-1阻害薬
PD-1 は免疫細胞上に発現する免疫チェックポイント分子であり、樹状細胞やがん細胞に発現する PD-L1 や PD-L2 と結合することで、免疫細胞の働きを抑制する。PD-1阻害薬治療により PD-1が PD-L1 と結合しなくなることで、免疫細胞が本来の働きを取り戻し、がん細胞を攻撃するようになると考えられている。
*2 体細胞変異(Tumor mutation burden: TMB)
体細胞変異とは、遺伝的なDNAの変異とは異なり、分化や生育の過程で後天的に獲得したDNA変異のことを指す。がんの原因となる体細胞変異(ドライバー遺伝子変異)を特定することもできる。
*3 WNT/βカテ二ン経路
胚発生とがん増殖に関わるシグナルネットワークで、細胞の増殖や分化など多様な機能を果たす。様々ながん種において、WNT/βカテ二ン経路が活性化していることが知られている。
*4 CD8陽性細胞障害性T細胞
リンパ球T細胞のうちの一種で、異物になる細胞(ウイルス感染細胞、がん細胞など)を認識して破壊する。キラーT細胞とも呼ばれる。
*5 CCL4(C-Cケモカインリガンド4)
免疫細胞(単球、B細胞、T細胞)など多種多様な細胞によって産生され、炎症および免疫調節において重要な役割を果たす。
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