DNA複製へのスイッチ、鍵は何?

〜 細胞増殖へ進むか止まるか、正常な細胞とがん細胞の違いを発見〜

ポイント

・NA複製開始に必要な複製開始複合体(※1)、MCM(ミニクロモソーム・メンテナンス)(※2)のダブル六量体形成にヒストン修飾(※3)が関与
・ヒト細胞では細胞周期(※4)G1期(※5)の進行に伴いMCM六量体がシングルからダブルの状態に変化
・正常細胞ではMCMのシングル六量体の時間が長いが、ダブル六量体になると一定時間を経てDNA複製へ進行
・癌細胞と正常細胞のMCMタンパク質の状態の違いから、癌細胞を標的とした創薬への応用に期待

概要

 大阪大学大学院生命機能研究科の林陽子特任助教(常勤)、平岡泰教授らの研究グループは、G1期の複製開始複合体MCM複合体の形成がヒストン修飾の変化によって制御されることを世界で初めて明らかにしました。
 細胞が増殖するためには、DNAが複製される必要があります。DNAを複製する時期は、S期、その前の準備の期間は、G1期と呼ばれます。G1期は、細胞増殖のために複製期に進行するか、そのまま細胞周期の進行を停止するかを決める重要な時期です。MCM複合体はDNA複製を行う際にDNAのねじれを解く役割があり、S期の開始までには(つまり、G1期の終了までに)クロマチン(※6)上でMCM複合体の六量体単体(シングル)から六量体が2つ連結した状態(ダブル)に遷移することが知られていました。しかしながら、G1期の長い(〜数十時間)ヒト細胞において、どのような過程を経てダブル六量体が形成されるのかは不明でした。
 今回、ヒト細胞ではG1期に進行したばかりの初期には、MCMはシングル六量体の状態にあり、S期が始まる3~4時間前(G1期後期)になって初めてダブル六量体を形成することが分かりました。また、この変化に先行して、ヒストンH4K20(※7)におけるヒストンメチル化修飾(※8)がモノメチル化からジ・トリメチル化へ転換することが必須であることが分かりました。細胞周期の長い細胞では、MCMはシングル六量体の状態で留まることから、MCMの状態変化はDNA複製への進行過程を反映するものであり、細胞増殖の理解に繋がる重要な発見と言えます。
 本研究成果は、イギリス科学誌「Nucleic Acids Research」に、11月19日(金)9時(日本時間)に公開されました。

用語解説

(※1) 複製開始複合体
複製開始起点に結合する4種類のタンパク質からなる複合体。この複合体の形成によって、DNA 複製が開始される。
(※2) MCM(ミニクロモソーム・メンテナンス)
minichromosome maintenance。複製開始複合体の一因子。6つの構成タンパク質から成るリング状のヘキサマーであり、DNA ヘリケースとして働く。DNA 複製は両方向に進むことから、複製期が始まる前までにダブル  ヘキサマーを DNA 上に形成する必要がある。
(※3)ヒストン修飾
ヒストンとは、真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を構成する塩基性タンパク質で、DNA を核内に収納する働きを持つ。真核生物では、DNA は 4 種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)から成るヒストン 8 量体に巻き付いて、ヌクレオソームを形成。この DNA とヒストンの複合体であるヌクレオソームが連なった構造をクロマチンと呼ぶ。ヒストンの N 末端領域は、アセチル化、メチル化、リン酸化、モノユビキチン化など様々な翻訳後修飾を受けることが報告されており、この修飾を総じてヒストン修飾と呼ぶ。これらの修飾はクロマチン構造を変化させ、エピジェネティックな遺伝子発現制御に関わっていると考えられている。
(※4)細胞周期
一つの細胞が二つの娘細胞を生み出す過程で起こる一連の事象、およびその周期のこと。一般に細胞周期は、G1、S、G2、M 期から構成される。S 期には DNA の複製、M 期には細胞分裂が行われる。
(※5) G1 期
細胞周期の時期のひとつで、M 期が終わってから S 期が始まるまでの期間。G1 期は、細胞増殖のために S 期に進行するか、細胞増殖を休止・停止するかを決定する重要な時期である。
(※6)クロマチン
真核生物の細胞核にある DNA とタンパク質(主にヒストン)の複合体。
(※7) ヒストン H4K20
ヒストン H4 のリジン残基 20 番目。
(※8)ヒストンメチル化修飾
ヒストンのメチル化修飾は主にリジン残基に見られ、モノメチル化(me1)、ジメチル化(me2)、トリメチル化(me3)の三段階の状態がある。

詳細

プレスリリースをご参照ください。

「金回収をめざしたバイオテクノロジーと統合したメタラジー」(第29回 Q-AOS Brown Bag Seminar Series)

【学内向け】2021年 国際研究につながる助成金についてのセミナー Seminar on Funding for International Research

関連記事

  1. 加齢黄斑変性の発症に関わる2つの新規感受性領域を…

    ~失明原因の精密医療に向けた一歩~ポイント・加齢黄斑変性は主要な…

  2. 細胞シートを構成する細胞同士が均一な力でお互いを…

    細胞シートを構成する細胞同士が均一な力でお互いを引きあう仕組みを解明…

  3. 神経幹細胞の運命転換の分子メカニズム解明に成功

    〜同じ分化誘導因子に応じて、異なる細胞を作り分ける仕組み〜概要 …

  4. 《2/5開催》第175回アジア・オセアニア研究教…

    濵瀬 健司 教授(薬学研究院)九州大学アジア・オセアニア研究教育機構…

  5. 【11/29開催】第122回アジア・オセアニア研…

    芸術工学研究院 長津 結一郎 准教授九州大学アジア・オセアニア…

  6. ⻩麹菌細胞におけるmRNA⽣成メカニズムを世界で…

    ~発酵⾷品に⽋かせない微⽣物、有⽤物質のさらなる⽣産量向上に期待~ポ…

  7. 悪性リンパ腫の臨床予後を規定する免疫微小環境を同…

    ~新たな予後予測モデルの構築へ~ 悪性リンパ腫は血液がんの一種であり…

  8. 《3/11開催》シンクタンクユニット×医療・健康…

    「救急車利用の課題・問題を考える」九州⼤学未来社会デザイン統括本部(FS…