逆転の発想『ラビ振動分光』でミュオニウム原子を精密に測定

逆転の発想『ラビ振動分光』でミュオニウム原子を精密に測定

ポイント

・たった1つの周波数に対する時間応答から共鳴周波数(注1)を求められる新しい原子分光法「ラビ振動分光」を編み出し、ミュオニウム原子(注2)の超微細構造(注3)を精密に決定することに成功した。
・共鳴信号を周波数軸に変換せず、時間軸のまま、理論的なラビ振動(注4)のシミュレーションと比較し、逆問題として共鳴周波数を求める逆転の発想を実現した。
・ミュオニウム原子のマイクロ波分光(注5)は、今後高強度ビームラインで強磁場を使った実験へと発展し、ラビ振動分光法は素粒子物理学を検証するための世界最高精度の鍵を握る。

概要

 原子分光は構成粒子の性質を精密に調べる有力な手段です。レーザーなど電磁波の周波数を少しずつ変え(掃引)ながら共鳴のピークを探し、共鳴曲線を描いて中心となる周波数を求めるのが普通ですが、途中で電磁波のパワーなどの条件が変動すれば、たちまち精度が悪くなってしまいます。東京大学大学院理学系研究科の鳥居寛之准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の西村昇一郎博士研究員および下村浩一郎教授らの研究グループは、周波数掃引が不要の画期的な原子分光法を編み出しました。固定した周波数に対する時間応答が、共鳴の中心周波数からのずれ(離調)に依存して特徴的な振動を示すことを利用して、共鳴中心を逆算して求める手法で、これをラビ振動分光と名付けました。従来の分光法より精度が高く、特に短寿命の不安定な素粒子や原子核を含む原子に効果的だと期待されます。今回の実験ではこの分光法を、水素に似たミュオニウム原子に適用して、その超微細構造をマイクロ波で精密に測定することに成功しました。これにより、素粒子ミュオン(ミュー粒子)(注2)の質量を高精度で決定して、量子電磁力学(QED)(注6)をはじめとする素粒子物理学の標準模型(注7)を検証することができます。

用語解説

(注1)共鳴曲線、共鳴周波数
原子や分子は量子化された飛び飛びの準位をもち、準位間のエネルギー差にぴったり対応する周波数の電磁波を与えると共鳴遷移を起こす。分光学においては、電磁波の周波数を掃引して遷移の信号が最大となる共鳴中心を探すために、横軸に周波数、縦軸に信号強度をプロットしてグラフを描く。このグラフの曲線を共鳴曲線と呼び、一般に左右対称の山形の曲線となる。信号強度が最大となる共鳴周波数を精度よく求めるには、電磁波のパワーなどの条件が揃っていて曲線が綺麗な左右対称を示すこと、また共鳴の幅が狭い(山のピークが鋭い)ことが重要になる。
(注2)ミュオン(ミュー粒子)、ミュオニウム原子
ミュオン(ミュー粒子)は素粒子の一種で、スピン1/2(2分の1)と、2.2マイクロ秒(およそ100万分の2秒)の平均寿命を持つ。電荷がプラス(正)とマイナス(負)の2種類がある。ミュオニウム原子はプラスのミュオンとマイナスの電子が互いに束縛された原子で、構造が水素原子に似ているがそれよりずっと軽い。通常の原子を構成する陽子、中性子、電子以外の素粒子を含むエキゾチック原子の一種であり、ミュオンの物理学的特性をつぶさに調べるのに適している。水素原子の同位体とみなすことができ、化学記号としてMuが定められている。
(注3)超微細構造
原子は、原子核の周りに電子が束縛されている。原子のエネルギー準位は量子化されていて、さまざまな相互作用に由来する構造を持つ。超微細構造は電子のスピンや軌道角運動量と原子核のスピンの相互作用に起因する。ミュオニウム原子では、原子核の代わりに正ミュオンのスピンをマイクロ波によって反転させることで共鳴信号が得られる。超微細構造を調べることで、ミュオンの磁気モーメント、ひいては質量を精確に決定することができる。
(注4)ラビ振動
原子や分子が電磁波に共鳴して遷移を起こすとき、電磁波のパワーが十分に強ければ、元の準位から遷移先の準位への遷移だけでなく、遷移先から元の準位へ戻る遷移もやがて顕著になるため、遷移の信号強度は一旦増えた後やがて減少に転じ、その後、時間的に振動を繰り返す。核磁気共鳴を発見した米国の物理学者ラビに因んで、ラビ振動と呼ばれる。ラビ振動の大きさ(振幅)と速さ(ラビ周波数)は周波数の離調(共鳴周波数と電磁波の周波数のずれ)および電磁波のパワーに依存する。
(注5)マイクロ波分光
分光とは、原子や分子が特定の周波数の電磁波を発光または吸収する現象を利用して、その準位構造を明らかにする研究手法である。電磁波のうち、周波数がギガヘルツ (GHz) 程度の電磁波をマイクロ波と呼び、これを使ったマイクロ波分光は、原子の超微細構造を調べるのに適している。
(注6)量子電磁力学(QED = Quantum ElectroDynamics)
量子力学と相対性理論を組み合わせたものが場の量子論で、量子電磁力学は場の量子論の一種である。量子力学だけでは、分光学研究で判明した水素原子の構造のうちおおまかな全体構造しか説明できず、より詳細な構造を理解するための研究が量子電磁力学の成立に結びついた。
(注7)素粒子物理学の標準模型
素粒子とそれらの間に働く力に関する有効理論で、物質を構成するフェルミ粒子と力を媒介するボース粒子が電磁気力、強い力、弱い力で相互作用する枠組みを記述する。高エネルギーの粒子加速器を用いた各種の衝突実験によってその正しさが検証されてきたが、未解決の問題や謎を抱えており、標準模型を超えた未知の物理の存在が示唆されている。大規模加速器で新粒子の発見を目指す直接探査と異なり、低エネルギーにおいて未知の物理が微小な効果として現れるのを緻密に探索する有力な手段として、高精度原子分光実験が近年注目されている。

詳細

プレスリリースをご参照ください。

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