超高速スピン変換により有機発光分子の励起一重項・三重項状態間の熱平衡を実現

〜有機ELデバイスの高輝度・高効率化に成功〜

 九州大学稲盛フロンティア研究センターの安田琢麿教授、相澤直矢特任助教(研究当時、現 理化学研究所研究員)らの研究グループは、新たに開発した有機発光材料において、スピン反転を伴う励起一重項状態と励起三重項状態間の可逆的かつ高速な項間交差*1により、両励起状態間の熱平衡*2が近似的に成立することを見出しました。

 熱平衡は熱力学の基本概念であり、いかに複雑な分子系であっても熱平衡状態にあれば、その振る舞いを熱力学の法則から予測することが可能です。例えば、次世代の有機EL材料として期待されている熱活性化遅延蛍光(TADF)材料*3において、励起一重項状態と励起三重項状態間の熱平衡を仮定すれば、その発光寿命を単純な数理モデルで表すことができます。しかし、励起一重項状態から基底状態への放射失活により比較的短い時間しか存在しない有機発光材料の励起状態において、このような異なるスピン多重度間での理想的な熱平衡状態を実現するのは困難でした。

 本研究で開発したTADF材料は、108 s–1(1秒間に1億回)以上の世界最速かつ可逆的な項間交差が可能であり、励起一重項状態と励起三重項励起状態間の熱平衡モデルに従って発光することを明らかにしました。常温における発光寿命は、TADF材料として極めて短い750 nsに到達し、熱平衡モデルの予測値と良い一致を示しました。この短い発光寿命に由来して、本材料を用いた有機ELデバイスは、10,000 cd m−2以上の高輝度においても20%以上の高い外部EL量子効率を達成しました。TADF材料の本質的課題であった高輝度時の効率低下を抑制することに成功しました。

 本研究成果は、2021年2月12日(米国東部時間)に、米国科学振興協会(AAAS)が出版する「Science Advances」にオンライン掲載されました。本研究は、主に日本学術振興会科学研究費補助金(JP18H02048)と科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR17N1)の支援を受けて行われました。

用語解説

*1 項間交差
異なるスピン多重度の電子状態間の無放射遷移。例えば、電子と正孔がクーロン力により束縛された励起状態は、電子スピンの組み合わせにより、励起一重項状態と励起三重項状態に大別することができ、項間交差
および逆項間交差により両励起状態間の遷移が可能です。一般的な有機発光材料において、項間交差はスピン禁制遷移であるため、一重項励起状態から基底状態への放射失活である蛍光より遅いことが知られています。
*2 熱平衡
熱接触している 2 つ系において、経時的に巨視的な変化がなくなった状態。熱平衡状態において、2 つ系がエネルギー差E の状態にあるとき、それらの存在確率の比は exp(–E/kBT)で表すことができます。ここで、T は絶対温度、kB はボルツマン定数を表します。厳密な意味で熱平衡状態は存在し難いですが、様々な系を時間スケールで区切り、近似的に熱平衡状態として扱うことが可能です。
*3 熱活性化遅延蛍光(TADF)材料
励起三重項状態と励起一重項状態のエネルギー差を小さくすることにより、逆項間交差を経て遅延蛍光を示す材料。貴金属を含まない有機発光材料において、励起三重項状態は通常は発光しませんが、TADF を利用
することで、有機ELの内部量子効率を 100%まで高めることが可能です。しかし、熱活性化が必要な逆項間交差が TADF を律速しており、その発光寿命は通常の蛍光と比べて非常に長いマイクロ秒からミリ秒に留まって
います。この長い TADF 寿命は、有機 EL の劣化や高輝度時の量子効率の低下につながるため、より速い逆項間交差を示す TADF 材料の開発が求められています。

詳細

九州大学プレスリリースをご参照ください。

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