過去の位置の知覚は後から決定される

芸術工学研究院
伊藤 裕之 主幹教授

古典的な錯覚が明らかにする視覚的「現実」の作られ方

ポイント

・目に映るものと実際に知覚されるものはしばしば異なり、そこには脳の働きが反映されています。
・極めて短期間に3つの光を次々に提示すると、それらの位置を様々に変えても順に並んで知覚される傾向があります。3番目の光が提示された後に、2番目の光の位置を知覚的に決定していると考えられます。
・本研究を応用することにより、日常生活で見誤りが起こる原因、目撃証言の信ぴょう性、網膜の病変の自覚が難しい理由など、様々な方面の研究の進展に貢献することが期待されます。

概要

私たちの脳で処理される情報の多くは視覚からもたらされますが、逆に錯視のような視覚現象の多くは目ではなく脳で生じます。私たちの脳が見たものをどのように解釈して、知覚される「現実」を作り上げているかについて興味深い発見がありました。
 九州大学大学院芸術工学府博士後期課程在学中で国費留学生のシェリル・デヘス(Sheryl de Jesus)氏、芸術工学研究院の伊藤裕之主幹教授および兼松圭助教の研究グループは、私たちの脳において、過去の出来事から未来を予測するだけでなく、時間的に後の出来事が前の出来事の解釈に影響を与えるポストディクション(postdiction)が、対象の位置の知覚において強固に機能することを確認しました。この発見は、古典的な知覚現象であるsaltation錯視(Visual Saltation Illusion: VSI)の詳しい調査によって明らかになりました。極めて短い期間内に3つの光を次々に提示すると、光の配置を様々に変えても、被験者は3つの光が順番に並んで提示されたように知覚しました。短期間に多くの出来事を目撃すると、それらをまとめて単純でもっともらしい解釈を作り上げるという人間の知覚の特性を表したものと考えられます。この現象は、現実をありのままに見ることの難しさや目撃証言の信ぴょう性の限界を理解することにつながるものと思われます。
 この論文は、知覚研究の専門ジャーナルであるi-Perception誌にて2024年5月21日(火)(日本時間)オンラインで公開されおり、デヘス氏は若手研究者ベスト論文賞を受賞しました。

研究者からひとこと

この研究が、視覚科学や知覚心理学を研究している人たちだけでなく、科学や心理学に関心を持つ中学生や高校生の興味をかき立てることを願っています。錯視を研究することで、なぜひとつの事象にひとりひとり異なる解釈があるのかを理解することができます。視覚や脳のプロセスにおける欠点や限界を知るだけでなく、逆に私たちの視覚は、限られた能力を補うためにとても効率化された創造的なシステムであることを示すことができる点に、錯視研究の面白さがあります。このプロジェクトにご協力いただき、成功に導いてくれたすべての人々に感謝します。

研究に関するお問合せ先

英語 対応: 九州大学大学院芸術工学府博士課程Sheryl de Jesus(シェリル デヘス)
日本語対応: 九州大学大学院芸術工学研究院伊藤裕之主幹教授

詳細

本研究の詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。

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