理学研究院
Troy Dion 助教
高性能な学習型演算素子の実現に向けて
ポイント
・ナノスケールで形状制御された人工磁石を周期的に近接して配置させた人工スピンアイス(※1)が次世代の情報記録素子や学習型演算素子として注目されている。
・ナノ磁石を三次元的に制御することで、単一の磁石内に16個の状態を実現。更に、強磁性層間の極めて強い磁気相互作用により、各状態間のエネルギー分裂を飛躍的に増大。
・ナノ磁石の優れた熱安定に加え、N 個の磁石を配置することで、16^N状態に拡張することで、多数の状態を利用した高機能な学習型演算素子としての実用化が期待。
概要
磁石の中でねじれたスピンが波として伝搬するスピン波(※2)は、伝搬時に電流が流れないため、情報担体として利用することで、消費電力の低減が期待できるとともに、10 GHz を超える高周波領域でも動作するため、スピン波トランジスタ(※3)やスピン波ロジック回路(※4)などへの応用が期待されています。更に、近接したナノ磁石を二次元周期的に配置させることでスピン波の伝搬を制御するマグノニック結晶や人工スピンアイスなどが知られており、これらの特性を活用した新しい脳型学習演算回路(ニューロモルフィックチップ)(※5)の実現が期待されています。しかしながら、ナノ磁石間に働く相互作用が強くないため、変調効果やエネルギーの分裂幅が十分でないことが問題となっていました。
本研究では、従来、単一の強磁性層で構成されていたナノ磁石を、2つの強磁性層と層間を分離する非磁性体からなる三層構造で構成し、極めて強力な磁気相互作用を実現することに成功しました。
九州大学大学院 理学研究院のTroy Dion助教(プロジェクト教員)と同 木村崇 教授らの研究グループは、英国のImperial College London と University College London のグループ及び米国のUniversity of DelawareとUniversity of Colorado Colorado Springsらと共同で、強磁性/非磁性/強磁性の三層構造で構成されたサブミクロンサイズのナノ磁石からなる人工スピンアイスを絶縁体基板上に作製し、それらの磁気特性を詳細に調べました。その結果、単一のナノ磁石は、各磁性層のスピンの向きや旋回方向に応じて16個の状態を構成できること、また、強磁性層間の強い磁気的相互作用により、6 GHz を超える強いスピン波モードの結合が生じることを実証しました。
本成果は、これまで二次元的に構成されてきた人工スピンアイスを三次元化することで、性能が大きく向上することを示した結果であり、より高性能な磁気情報デバイスやより高機能なスピン波脳型学習演算デバイスなどへの応用が期待できます。
本成果は、2024年05月14日(現地時間)に英国の科学誌Nature Communications のオンライン版に掲載されました。
研究者からひとこと
人工スピンアイスの研究は、今回の共同研究者である英国グループが世界を先導する成果を次々に発表しています。今後、九州大学グループが得意とする電気的・熱的スピン注入法等を人工スピンアイス構造に適用することで、更なる高性能化に貢献していきたいと思います。
用語解説
(※1) 人工スピンアイス
スピンアイスとは、基底状態において、隣接間の相互作用のフラストレーションが原因となって、氷と同様の法則であるアイスルールが成立する磁気秩序を持つ物質です。通常は、スピンアイスは、特殊な三次元結晶構造内において発現する。人工スピンアイスでは、二次元的周期的に配列したナノ磁性体間の相互作用において、同様のアイスルール的なフラストレーションが発現する構造である。
(※2) スピン波、マグノン
全てのスピンが一方向に揃った状態からスピンを励起したとき、その励起が交換相互作用や静磁気的な相互作用によって物質中を波として伝播したもの。磁気秩序が存在する強磁性体、反強磁性体、フェリ磁性体中で生じる。マグノンとは、このスピン波を量子化したものである。
(※3) トランジスタ
固体中の電子の流れを電気的に制御して、スイッチや増幅機能を持たせた電子デバイスで、通常は、半導体で構成される。近年の微細化限界や消費電力の観点から、半導体以外の材料でトランジスタと同様の機能を持たせた電子デバイスの開発が行われている。
(※4) ロジック回路
前述のトランジスタやその他の電子デバイスを組み合わせ、デジタル信号を電気的に処理して、論理演算をIC 部品で、こちらも通常、半導体で構成されているが、他の材料や物理原理に基づくロジック回路の開発も行われている。
(※5) ニューロモルフィックチップ
人間の脳と同様の働きを持つ物理的な現象を利用して、人間と同じような働きを持つ物理的電子回路を実現しようとする演算素子のこと。
研究に関するお問合せ先
理学研究院木村崇教授
詳細
本研究の詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。