九州大学病院 別府病院 外科
三森 功士 教授
早期から使用できる大腸がんに対する免疫療法開発に向けた一歩
ポイント
・散発性大腸がんに対する、免疫チェックポイント阻害剤(ICB)を中心とした免疫療法の治療効果は乏しい。
・早期大腸がんにおける空間的転写産物解析(ST-seq)とシングルセルRNAシークエンス(scRNA-seq)を統合解析することで、がんと腺腫の境界部において、腫瘍細胞の増殖/免疫抑制に関与する細胞集団を同定し、細胞間相互作用機構を解明した。
・本研究成果は、散発性大腸がんに対する免疫療法の新たな治療標的の開発に役立つことが期待される。
概要
免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法は、様々ながんの種類で広く用いられています。大腸がんにおいては、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-high)(※1)(頻度:6-7%)に対して免疫チェックポイント阻害剤が用いられていますが、それ以外の多数の大腸がんに対する治療効果は乏しいものでした。
今回、早期大腸がんにおけるがんと腺腫の境界部から生じる腫瘍細胞の増殖・免疫寛容(※2)に関与する仕組みを新たに明らかにしました。
九州大学別府病院外科教授 三森功士、大阪大学医学部附属病院 医員(研究当時) 橋本雅弘、大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学教授 江口英利、同教授 土岐祐一郎、東京医科歯科大学難治疾患研究所計算システム生物学分野教授 島村徹平、国立がん研究センター研究所計算生命科学ユニット長 小嶋泰弘、東京大学新領域創成科学研究科教授 鈴木穣、関西医科大学附属生命医学研究所がん生物学部門学長特命教授 坂本毅治らの研究グループは、アジア人早期大腸がん患者(5名)と進行大腸がん患者(1名)の空間的転写産物解析(ST-seq)と公共データベースにおけるアジア人大腸がん患者(23名)のシングルセルRNAシークエンスデータ(scRNA-seq)を用いて、深層生成モデル(※3)を活用した統合解析を行い、大腸腺腫とがんの境界部における単一細胞レベルの現象を明らかにしました。すなわち腫瘍細胞は、免疫寛容に関わる制御性T細胞(Treg)と共局在関係(※4)を有し、Midkine (MDK)(※5)という分子を介したシグナル経路が関与していることを解明しました。
さらに、MDKは大腸がん早期から発現を認め、MDKシグナル経路が、大腸がんにおける臨床的予後に関与することを明らかにしました。
これらの知見は将来、早期大腸がんの診断だけでなく、免疫療法における有望な治療標的となること、さらに、発がん予防への展開が期待される結果でした。
本研究成果は「eBioMedicine」誌に2024年4月13日(土)午前7時30分(日本時間)にオンラインで掲載されました。
用語解説
(※1) 高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-high)
ゲノムDNAは常に突然変異を来たしているが、通常はその修復酵素が備わっており正常に修復される。しかしゲノム修復機構が破綻している細胞では、ゲノム変異が蓄積しがん化する。またゲノムには繰り返しマイクロサテライト配列が散在するが、ゲノム修復機構が破綻すると細胞複製時に不安定な結果をもたらす。この現象をマイクロサテライト不安定性(MSI)と呼び、このような機構でがん化した細胞は高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-high)を有する。
(※2) 免疫寛容
免疫が自己を攻撃しないようにするシステムのことで、異物と認識し排除するのではなく、受け入れて共存すること。
(※3) 深層生成モデル
深層学習を用いてデータ生成過程を記述した確率モデルであり、近年単一細胞レベルの解析への応用が進んでいる。
(※4) 共局在関係
異なる細胞同士が物理的に同一の組織内部位に位置していることであり、この関係は細胞間の相互作用の研究において重要である。
(※5) MDK
Midkineは、サイトカインの一種であり、がんの進行、細胞移動など様々な機能に関与する遺伝子の一つである。
(※6)一腫瘍多領域検体解析
一つの腫瘍において、複数箇所の検体をシークエンスし、統合解析を行い、どのような重要ながん遺伝子の変異が蓄積して進化しているかを解析する方法。
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