~ ゲノム編集技術やがん研究への応用につながる ~
ポイント
・DNAの二重らせんが同時に切断されると、遺伝情報の読み取りや維持、継承ができなくなる。
・DNA二重鎖切断損傷に対して、二種類のDNA損傷センサーが冗長的にはたらいて、損傷の検知とDNA修復に必要な反応を進行させることを明らかにした。
・DNA二重鎖切断は、ゲノム編集やがんの治療にも利用されるため、医療を含む様々な分野への応用が期待される。
概要
遺伝情報物質、すなわち細胞の設計図であるDNAは、情報を記録する「塩基」が、「糖」と「リン酸」という二つの化合物でできた鎖によって連続的に繋がれた物質です。DNAの連続性は、遺伝情報を正確に記録し、次の世代に伝えるために必須です。さらにDNAは、二本の鎖が塩基の対を軸として巻き付いた「二重らせん」構造を取っており、これによって遺伝情報の複製や修復が可能になっています。ところが、放射線や特定の化合物などは、DNA二重らせんを構成する二つの鎖を同時に切断する、「DNA二重鎖切断損傷」と呼ばれる損傷を生じさせます。この損傷はDNAの連続性を失わせ、遺伝情報の読み取りや複製、維持を妨げる大変危険な損傷で、細胞はDNA二重鎖切断損傷を検知し、修復するしくみを多数備えています。DNA二重鎖切断損傷の検知には、特定のDNA構造に応答するセンサータンパク質が複数はたらくことが分かっています。一方で、DNA二重鎖切断損傷を直す過程では、DNAを削ったりつなぎ直したりする必要があるため、DNAの構造自体も変化します。複数のセンサーが、修復の過程で変化するDNA構造にどのように応答し、修復に必要な反応を制御するかはこれまで十分に理解されていませんでした。
九州大学大学院理学研究院の高橋達郎教授、同大学大学院システム生命科学府の達川絢介大学院生、長浜バイオ大学の大橋英治准教授、大阪大学の久保田弓子准教授らの研究グループは、「ツメガエル卵核質抽出液」(※1)を用いて、DNA二重鎖切断損傷後の反応を制御するメカニズムを明らかにしました。DNA二重鎖切断損傷の修復過程では、二重らせんの片側の鎖を分解して「一本鎖DNA」を露出させる反応が起こります。本研究グループは、一本鎖DNAを露出させる反応を試験管の中で再現し、これを用いて、MRNおよび9–1–1と呼ばれる二種類のセンサータンパク質が、削られている途中のDNA二重鎖切断損傷を、独立かつ冗長的に検知することを見つけました。面白いことに、この二種類のセンサーは、一本鎖DNAを露出させる反応も促進していました。さらに本研究グループはDNAを回収してそこに結合するタンパク質を解析し、MRNと9–1–1の下流で働く因子群も明らかにしました。MRNおよび9–1–1がDNA二重鎖切断損傷に応答するしくみはこれまで複数報告されてきましたが、本研究は、一本鎖DNAが露出される過程では、これらのセンサーがお互いに独立に、かつ重複して、損傷の検知と修復の進行にはたらくことを、世界で初めて明らかにしたものです。
近年、植物の品種改良や遺伝子治療を目的としてゲノム編集技術が注目されています。ゲノム編集では、多くの場合DNA二重鎖切断損傷が利用されるため、本研究で得られた知見は安全で効率的なゲノム編集法の確立に貢献するかもしれません。また、がん細胞は一般的にDNA二重鎖切断損傷などのDNA損傷に対する細胞内の反応に異常があることが多く、これを利用して放射線治療などが行われています。今回見つけた反応や個々の因子を分子標的とする薬剤は、抗がん剤や併用剤の候補になりうると考えられます。
本研究成果は、英国の雑誌「Nucleic Acids Research」に現地時間2024年2月13日に掲載されました。
用語解説
(※1) ツメガエル卵核質抽出液
アフリカツメガエル卵の核質タンパク質を高濃度に含む抽出液で、生理的な環境に近く、核内の様々な反応を試験管内で再現できる。
詳細
詳細は九州大学プレスリリースをご参照ください。