細胞膜酵素を用いた水素駆動型CO₂還元反応によるギ酸生成系の開発

 ~ 細胞膜酵素による気体(水素と二酸化炭素)から液体水素キャリア(ギ酸)への変換反応 ~

ポイント

・二酸化炭素(CO₂)の削減方法として細胞膜酵素によるCO₂の水素化反応システムを開発した。
・細胞膜酵素による水素駆動型CO₂還元反応からの高効率なギ酸生成系の構築に世界で初めて成功した。
・酵素触媒を用いた常温・常圧でのCO₂還元反応は、カーボンニュートラルにも貢献できる。

概要

 脱炭素社会の実現に向けた研究開発では、従来とは異なる常温常圧の低基質濃度の反応条件下でも高活性で安定な触媒を開発することが重要であります。特に、特殊な環境で生育するバクテリアの中には、常温常圧での反応において高活性と高安定性を持つ生体触媒(酵素)があるため、これまでの貴金属や有機溶媒を用いた高温・高圧反応のコストや環境負荷がある反応系を改変できることが期待されます。
 本研究では、阿蘇くじゅう国立公園内の温泉から新規に単離した細菌Citrobacter sp. S77株の細胞膜から高活性と高安定性の水素酵素とギ酸脱水素酵素を発見し、両酵素の精製と特性解析に成功しました。両酵素の共通点である細胞膜局在性に着目し、カーボン担体と高分子ポリマーで細胞膜を固定化し、非貴金属酵素触媒による水素駆動型CO₂還元反応を構築することにより、常温・常圧反応条件下での高効率なギ酸生成系の開発に世界で初めて成功しました。本研究開発においての特徴は、生体の電子伝達と物質変換反応において根幹になる厚さ数ナノメートル(nm)の細胞膜(plasma membrane)の特性に着目し、膜表面の親水性と膜内面の疎水性の機能を、人工的なエネルギー変換デバイスの構築に生かした点です。固定化細胞膜を用いることで、常温・常圧条件下でこれまで開発された人工細胞膜触媒系と比べ、216倍以上の高活性でギ酸のみの生成に成功しました。(図1)
 本研究は九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(WPI-I²CNER)の尹基石准教授の研究グループおよび三井化学カーボンニュートラルエネルギー研究センター(MCI-CNRC)のMoniruzzaman Mohammad学術研究員などによって実施したものです。
 本研究は、細胞膜をカーボン担体と高分子ポリマーで固定化した高効率なCO₂変換系の創成であり、今後その精製酵素系を用いたエネルギー変換システムの開発に役立つことが期待されます。
 本成果は令和5年10月23日(金)(日本時間)にElsevierの国際学術誌「Bioresource Technology」にオンライン掲載されました。

用語解説

(※1) 水素酵素([NiFe]ヒドロゲナーゼ)
水素酵素は活性中心にNi(ニッケル)とFe(鉄)原子からなる金属酵素であり、水素分子の酸化および生成反応を行う生体触媒である。
(※2) ギ酸脱水素酵素([Mo]デヒドロゲナーゼ)
ギ酸脱水素酵素は、活性部位にセレノシステイン(SeCys)、モリブデン(Mo)、2つのモリブドプテリングアニンジヌクレオチド(MGD)補因子、Fe4S4クラスターを含む金属酵素で、ギ酸の脱炭酸反応により電子とプロントを生成する金属酵素である。そのギ酸脱水素酵素を水素酵素と組み合わせると、水素から発生した電子とプロトンを使ってCO₂還元反応によりギ酸に変換することができる。
図2(A)固定化細胞膜の模式図、(B)反応時間経過による水素とCO2からのギ酸生成量の変化: 細胞膜 (赤)、ポリマーで固定化した細胞膜(黒)、ポリマーとカーボン担体に固定化した細胞膜(青)、(C)固定化細胞膜の再利用サイクル: 1気圧、30℃、0.4Mリン酸緩衝液(pH 7.0)、H2:CO2(60:40、v/v %)の混合ガス条件下での5時間の触媒反応。
(※3) 細胞膜(内膜: inner membrane, plasma membrane)
細胞膜は、膜表面の親水性と膜内面の疎水性のリン脂質の二重層構造によって構成されている厚さ数ナノメートル(6-10 nm)の生体膜で、生物の電子伝達と物質変換反応において根幹になる大変重要な場所である。
(※4) ギ酸(蟻酸):
ギ酸はアリに含まれている化合物であることから蟻酸と命名されており、最も単純なカルボキシ基(−COOH)を有するカルボン酸です。そのギ酸は、その酸化反応によって水素と二酸化炭素に分解する反応とその逆反応である気体の水素とCO₂を液体のギ酸として貯蔵・運搬に適しているため有用な水素キャリアとして注目されている。
(※5) 水素キャリア:
水素は、気体では体積当たりのエネルギー密度が大変低く、気体のままでの大規模な貯蔵・利用には安定性に問題があります。そこで、安定かつ効率的な貯蔵・運搬可能な液体、または個体の水素エネルギー貯蔵媒体に貯蔵する必要がある。

詳細

詳細はプレスリリースをご参照ください。

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